<風船の徘徊 last No.>  命の私語 をきく
 
 
――連載終了のご挨拶――
 
気まぐれエッセイ「風船の徘徊」を書くことになったのは年齢81才、 
208年の秋のこと(連載開始は10月2日付)でした。

元々エッセイを書くことは好きだったので、何かのテーマについて誰かと語り
合うようなつもりで書けばいいと、気軽に執筆のお誘いをお引き受けしたので
した。
 
 その時、70代に比べ80代で、老化がこんなにも加速して進行するものだ
とは思い及ばず、そのことを意に留めていませんでした。
 
最近になって老化現象が一層進み、以前のようにはペンがすすまず、楽しみ
ながら書くことが少なくなり、つよかった書きたいという意欲も薄れてきま
した。
 
そんな次第で、気まぐれエッセイを「お終い」にしたいと考えるに至ったので
す。
 
エッセイに書きたいと思うことが、いくらでもあった筈なのにと、自分でも不
思議な気持ちです。
 

残念ですが、 最後のナンバーとして、下記 
<風船の徘徊 last No. 命の私語 をきく> で以て、終りとさせていただき
ます。
 
拙いエッセイをこれまでお読みいただいた方々に、改めて心からお礼を申し
上げます。  ありがとうございました。
 
 
 
<風船の徘徊 last No.>  命の私語 をきく 
 
 
1.記憶
 
しばらく前に読んだ本の中味が
わたしの記憶のページから
消えている
 
机上には 読み終えた本がいくつも
未読の姿に 漂白還元されて 積み上がっている
 
消えてしまったのは
本の記憶なのか? 
私の人生なのか? 
 
 
2.時間
 
老いがやってきて まず
「もうこの先」あまり時間がなくなった と思っていたら、
直ぐには 気付かなかったけれど ふりかえれば
「うしろの」時間の方も 時の流れがうつす風景もろとも 消え始めていた
 
昨日したこと
一昨日したこと
去年のこと、 遠い昔のこと
 
饒舌だった私の過去が
薄闇色の忘却の海に
夕日が沈んでいくように
しだいに消えていく
 
老人は
未來を失って
老いの始期(はじまり)を 自覚し、
過去を失って
老いの末期(おわり)を 了解する
 
未來と過去が 限りなく現在に収斂していき 無(ゼロ)になって
老人には「今」という時だけが残る

 
3.青春
 
思えば若い頃は
積み重なっていく「過去の記憶」に励まされ 
過去現在の延長線上に 「想像の未來」を描くことができた
 
「過去と未來」 「記憶と想像」 によって 
時空のひろがった 豊饒な内容の「現在」
を生きることができた
 
ささやかであれ 成長の実りを夢見つづけるのであれば
若い人生は もうそれで 十分幸せだった
 
青春とは
「収穫の豊かな未来図」を想いつつ生きる
人生で最も美しい「芽吹きの季節」
 
 
4.老い
 
老いゆくとは 未來を構想する「心の領域」を失うこと
老いゆくとは 過去が紡いだアイデンティティー「私の物語」が消えること
 
すべてを包みこむ漆黒の闇をまえに
静かに秋の日が暮れ逝く
 
夕映えの中に
物影としての生命たちが じっと佇む
私も佇む
 
不透明な視界、静寂の聴界 の中で
 
「今」「今」が断続的に連なる
途切れ、途切れの  瞬時の時の
 
充実の願いと想いが  脈絡なく生起する
瞬間 瞬間の 「幸せな居場所」を求めてさまよい歩く
 
流浪する生の営み
老いは「徘徊」
 
 
5.死
 
四季の移ろいの 穏やかな光のうつろいの中を
さまよい うつろいゆき 
長い徘徊の 遠い果ての 小さくなった
命の遠景
 
シャボン玉が
内側に映した 風景と諸ともに壊れるように
私の影を抱擁したまま
命の全景が丸ごと消える
 
私の小さな世界が  私が
なくなる日
 
 
「人が死ぬ」とは
もうここ(人間界)に居ないということ
 
<意識ある者同士の生命の世界>(生命の自然原理) から脱して
<全てを含み込み流転する大宇宙>(宇宙の自然原理) へ帰る
ということ
 
「人が死を受け入れる」とは
意識が消失するまで 一切の忘却を受け入れること
 
 
「孤老」とは
世間をわすれ、 
我をわすれ
全忘の日まで
忘我の道を
己の影と遊びつつ 飛び散ろう落ち葉のように ここかしこ
さだめなく 風まかせに「徘徊」すること
 
 
6.回帰
 
人生の思い出のそれぞれを 思い出を共有した遊び仲間に託して
一切忘れ尽くしたら 永眠「準備完了」のとき
個体の意識が消え 主観がなくなり 無限の大宇宙に帰るときだ
 
大宇宙の営みに感謝しつつ 
ふるさとの星「地球」と 共に生きた 「遊びの仲間たち」に
私と 私の「命」に
別れを告げよう
 
かくて
宇宙から 奇跡的な偶然で「生命」という 「不思議なもの」をもらって
宇宙の内部に ヒトとして生まれ
 生命と大宇宙の 「不思議」を垣間見ることのできた
幸運な「私」の
露の命の
「不思議の国」の 「長い旅路」が終わる。
 
<2019.9.23日秋彼岸  記>
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