< 風船の徘徊 13>  大竹しのぶ ピアフコンサート2019


昨1月18日兵庫芸術文化センターで大竹しのぶのシャンソンを聴いた。
公演は一昨日に続き2日目だが、会場は文字通り超満員の入りだった。
中高年の女性が圧倒的に多かった(95%以上?)。
私はまずこの超満員に驚いた。
会場でチラシを読んで、大竹が紅白にも出場、レコード大賞・優秀アルバム賞
を受賞していることも初めて知った。
私には、大竹しのぶが世に認められた名優だという認識はあったが、私自身が
大竹ファンという意識はなく、大竹しのぶ情報の「追っかけ」していなかった。
そのせいか知っているつもりでいたが、本当はよくは知らないんだ(何にも知ら
ない、世間に全く疎い)ということに気づかされた。 

たまたま<風船の徘徊 7>で触れた「TV対談番組」で、大竹がピアフを
演じ歌う姿をわずかな映像で垣間見て、強い感銘を受けて是非一度観たいと
思ったのが、今回コンサートに出かけたきっかけだった。

コンサートでは、大竹はピアフへの熱い想いを語るトークを交えながら
ピアフをいくつも歌い、後半には一部ピアフ以外の歌も歌った。

シャンソンの歌詞には物語性があり、役者が歌うのに向いている。

大竹はピアフとピアフの歌に魂を捧げ尽くすかのように歌に没入する。
一曲ごとに変身変心した雰囲気を身に纏い、全身全霊で
憑依的な世界を創り出していく。激し過ぎるほどの強烈な照明を浴びて、
舞台上で歌に取り憑かれた「巫女」を演じてる。

しかしトークのときは一転して、日常の世界に立ち帰り、
満員の聴衆に、あたかも同じテーブルで向かい合っているかのように
語りかける。

「ピアフの歌は重いので・・、一生懸命聞いていただいて、
お疲れになったでしょう。」
「私は疲れてないのですが・・(笑い)。」
会場にも笑いのさざ波が広がる。 声援と掛け声が飛ぶ。

暗く重いけれども、戦争をうたった歌について
「時が時なので歌いたかった」とも話した。

歌はすべてすばらしかったが、「老兵」と「死んだ男の残したものは」の2曲は
私の好きな歌だからか、「時が時だからか」、特に心に深く沁み入った。

実は昨年末、森ノ宮で大竹の演劇「ピアフ」の公演があった。
私もチケット購入しようとしたが、早々と全座席が完売、立見席のみという状態だった。
老いの身には無理があるので断念した。

今回コンサートを聴いてみて、劇中でピアフに扮して歌う大竹しのぶの劇を
いっそう観てみたくなった。 命があって、機会があれば、と思う。


参考までに2つの曲の歌詞を、一部だけだけれど、ご紹介する。

「老兵」作詞作曲Jean_Claude Darnal ,Rudi Revil
訳詞 岩谷時子        (1部抜粋)
 
――我らは老兵 重い靴もはかず
 ――あの世でさびしく 暇な時をすごす
 ――我らは老兵 遠い国のはてに
 ――出かけてそのまま誰も帰らぬ パリ


「死んだ男の残したものは」作曲 武満徹 作詞 谷川俊太郎(1部抜粋)
 
――死んだ男の残したものは
――ひとりの妻とひとりの子ども
――他には何も残さなかった 
――墓石ひとつ残さなかった

(中略)

――死んだ兵士の残したものは
――こわれた銃とゆがんだ地球
――他には何も残せなかった
――平和ひとつ残せなかった

<2019.01.19 記>

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