「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第99回 Three Blind Miceレーベルを聴く

 最近“和ジャズ”がブームだそうで、昨年夏には「和ジャズディスクガイド」とのタ
イトルの、1950年代?1980年代に日本人のミュージシャンによって吹き込まれたレコー
ドを列挙したガイド本までもが出版されました。思えば、アメリカ盤のジャズレコー
ドは既に大概発売されつくしてしまい、引き続いて数年前には欧州盤のジャズレコー
ドのブームが到来して、これまたレアなレコードが多数再発されてしまいましたので、
最後に日本盤に辿り着くのは当然の帰結なのかも知れません。
 僕がジャズを聴き始めた1970年代前半には、Three Blind Miceというマイナーレー
ベルと日本フォノグラム社が興したEast Windというレーベルとが盛んに日本のミュー
ジシャンによる作品を発売していました。とりわけThree Blind Miceレーベルは、藤
井武さんというオーナープロデューサーの方の慧眼により、それまで余り吹き込みの
機会のなかった素晴らしいミュージシャン達を発掘して録音の機会を与えたという点
から特筆すべきレーベルでした。個人的な思い出を辿ると、西宮北口のジャズ喫茶
「Duo」(現在の「Corner Pocket」)で、僕が20歳過ぎだった頃にThree Blind Miceレー
ベルのレコードがよくかかっていました。「Corner Pocket」に関しては本コラム
第75回でもお話しましたが、現在でもこのお店では柱の陰の壁面に、辛島文雄さん・
中本マリさん・三木敏悟さんなどのThree Blind Miceレーベルの古いリーダーアルバ
ムのジャケットが飾られています。そのような次第で、「和ジャズディスクガイド」
を眺めているうちに、僕自身も20歳前後に良く聴いたこのレーベルのレコードをも
う1度聴き込んでみたい気分になってきましたので、この場で紹介する事にしてみましょ
う。
 まず、Three Blind Miceレーベルの最も代表的なミュージシャンとして、ベーシス
トの鈴木勲さんの名前を挙げない訳にはいかないでしょう。鈴木勲さんは、それ以前
までは知る人ぞ知るとの存在のミュージシャンだったのですが、1973年3月に吹き込ま
れた“Blow Up”(TBM-15)という一作によって、一躍人気ミュージシャンの仲間入りを果
たしました。牧芳雄さんのペンによる、スイングジャーナル誌の1973年7月号に掲載さ
れた、本作の有名な評論文から一部を抜粋して引用してみましょう。「多分このLPは
受賞しないだろう。もしこのLPが何らかの意味で最優秀賞を獲得するならば、私は日
本のジャズ・クリティシズムとジャズ・ジャーナリズムは未だ健全だと言おう。下半
期にどんな優秀作品があらわれるか-それはわからない。しかし、上半期に関する限り、
これは日本ジャズの最高峰をゆくLPであり、それはまさに世界的水準においての優秀
作品といえる。(中略)鈴木のセロは前人未踏で、私はセロをこれだけジャズ・イディ
オムにインテグレイトして表現できた人を聴いたことがない。星の数?天の川の星の数
くらいあげたい。」しかし、牧氏の予想に反して、この作品はスイングジャーナル誌
による1973年度のジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞を獲得し、図らずも日本のジャ
ズジャーナリズムの健全性が実証される事となったのでした(笑)。絶好調の鈴木氏は、
引き続いて1974年3月に第2作である“BlueCity”(TBM-24)を吹き込まれましたが、こ
の2作に共通して特記すべき事項は、鈴木さんがベースに留まらずジャズという分野に
おけるチェロという楽器の素晴らしさを知らしめてくれたという事でしょう。
 また鈴木勲さんと同じく、Three Blind Miceレーベルによって人気ミュージシャン
の地位を得たピアニストとして、山本剛さんと今田勝さんの名前が挙げられます。
お2人共現在なお第一線で活躍中ですが、僕のレコード棚からは山本さん
の“Misty”(TBM-30)および今田さんの“Poppy”(TBM-14)を見つける事が出来ました。僕
は20歳過ぎの頃に当時山本さんがハウスピアニストとして出演されていた六本木
「Misty」を訪れた事があるのですが、初めて行った六本木という街自体に気分が高揚
していた影響もあり、「Misty」の薄暗い店内で聴く山本さんのピアノの音色に浸りな
がら、“ああ、これが大人の遊びやなあ”とひしひし感激の念を抱いた記憶があります。
 しかし、僕にとってThree Blind Miceレーベル中最も印象深いアルバムと言えば、
何と言っても宮本直介セクステットによる“Steps!”(TBM-20)以外には考えられません。
このアルバムは、リーダーの宮本直介さん(b)を始めとして、古谷充さん(as)・後藤剛
さん(ts)・信貴勲次さん(tp)・米田正義さん(p)・中山正治さん(ds)という往時の関西
ジャズ界の俊英達によって、1973年8月に録音されたものです。そしてちょうどその年
に高校2年?3年生だった僕は、ジャズ喫茶での生のライブというものをどうしても聴
きたくなって、当時神戸元町にあった「トリオ」というジャズ喫茶に初めてライブを
聴きに行ったのですが、その時のメンバーというのがまさしくこの宮本直介セクステッ
トだったのです。従って、恐らくこのアルバムとほぼ同様の演奏を耳にして、純粋無
垢な(?)高校生だった“はらすす少年”が胸を熱くしたのだと考えると感慨もひとしおで
あり、僕はこのアルバムを聴くと何とも言えぬ愛おしい気分を感じてしまう次第なの
です。
 ではまた来月、まだまだ春の到来は遠いようですが、皆様どうぞ寒さに負けずにお
元気でお過ごし下さい。
                        (2010年2月10日 記)