「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第97回 Charlie Mariano、貴方までもが… 

 今年の7月下旬の事ですが、発売されたばかりの「スイングジャーナル8月号」を読
んでいたところ、世界のジャズニュースの欄で“アルト・サックスのチャーリー・マリ
アーノ逝く”との、僕にとってはショッキングな記事を目にしてしまいました。享
年85歳との事であり年齢に不足はないのかも知れませんが、彼は僕にとって思い入れ
の深いミュージシャンの1人ですし、本コラムの第90回で述べたBud Shankに続いて、
1年のうちにWest Coast派の名アルト奏者が続いてこの世を去ったという事に対して僕
は失意の念を覚えてしまったのです。
 Charlie Marianoは、“Charlie Mariano”(Bethlehem BCP25)という1枚のレコードに
よって、僕にとって永遠に忘れ得ぬミュージシャンとなりました。ピアノのJohn
Williams以下のリズムセクションを従えてワンホーンで朗々と吹きまくるこの作品を、
僕は1980年代の前半に、梅田の泉の広場横の松竹会館地下に当時存在していた「冗談
伯爵」という名前のジャズ喫茶で初めて耳にしたのでした。このお店は、West Coast
Jazzのレコードを主体としたカウンター席のみの狭い店で、それ程長年にわたって営
業していなかった割には、不思議と僕の記憶に強く残っている店です。カウンター席
の後方では中古レコードの販売が行われており、僕もここでJohn WilliamsのEmarcy盤
やRichie KamucaのHiFi盤などといったやや珍しい盤を入手する事が出来たのでした。
“確か、昔スイングジャーナル誌にこの店を紹介した文章が載っていたはずだったな”
との記憶を頼りに、古いスイングジャーナルを探し回ったところ、1986年5月号に掲載
されていた記事を見つけ出す事ができました。久保田高司氏による紹介文を一部引用
させて頂く事にしましょう。『2年ほど前にこの店がオープンしたとき、なかなか洒落っ
気のある店名だと思っていたところ、それにふさわしいイベントをやってくれたでは
ありませんか! 題して“ブラインドフォールドテスト大会”という名のイベントを…。そ
の仕掛け人であるマスターの上地達夫さんは元コピーライター。言ってみれば脱サラ
組の1人である。来日したエリントンのコンサートを聴いてジャズに魅せられた上地さ
んは、以来あらゆるジャンルのジャズを聴き漁った結果ウエストコーストジャズが最
も気に入り、現在この店でかかるレコードのほとんどがそういった白人系のものとなっ
ている。だから、そういった時代にジャズファンとなった人たちにとって、ここは大
変アットホームな感じがするに違いない。店はカウンターだけの小じんまりしたもの
だが、ジャズだけでなく映画ファンでもあるマスターと歓談しながら、くつろいでジャ
ズを楽しむことができる。(後略)』
 前振りが随分長くなりましたが、とにかく僕はこの店でBethlehem盤の“Charlie
Mariano”を聴かせて頂いて、瞬時に魅了される事となってしまいました。その理由と
して、演奏内容自体が素晴らしいのは勿論の事ですが、それに加えて真っ黒で光沢の
あるジャケットデザインが魅惑的だったという付加価値も大きかったのです。かくな
る次第で以降このレコードを探していたところ、幸運な事に数年後にスペインのフレッ
シュサウンドから復刻盤が発売されたため、僕はいつでもこのレコードの演奏を楽し
む事が出来るようになりました。但し、この再発盤はオリジナル10インチ盤のジャケッ
トを復刻したものだったのですが、僕の評価としては淡いグリーンの色調の10インチ
盤ジャケットよりも、漆黒の12インチ盤のジャケットの方が圧倒的に素晴らしいよう
に思えてなりません。そのため、その後もずっと12インチ盤ジャケットの本レコード
を探し続けていたのですが、たまにオリジナル盤を見つけても結構値が張って手が出
ないような状態が未だに続いています。ただ数年前に、12インチ盤ジャケットでポリ
ドール社から発売された古い日本盤を見つけ出して、何とか溜飲を下げたような気分
を感じる事ができましたが、それでもオリジナル盤を入手したいとの気持ちは今でも
変わりありません。また、Bethlehemにはもう1枚、“Charlie Mariano Plays”(BCP49)
とのタイトルの彼のリーダー作があります。こちらはStu Williamsonのトランペット、
Frank Rosolinoのトロンボーンを従えた3管フロントのSextet編成であり、これはこれ
で魅力的な作品なのですが、僕の個人的な見解としては、やはりワンホーンで吹きま
くる“Charlie Mariano”の方により強い愛着の念を覚えてしまいます。
 Charlie Marianoは1960年代前半に穐吉敏子さんとの結婚生活を送っており、一時日
本に滞在していた時期もあるそうです。そのため、穐吉さんとの共演盤であ
る“Toshiko Mariano Quartet”(Candid)や渡辺貞夫さんとアルトサックスバトルを演じ
た“Iberian Waltz”(Tact Jazz)などの作品がありますし、“A Jazz Portrait of
Charlie Mariano”(Regina)という彼のリーダー作には、当時の名横綱大鵬に捧げた
「To Taiho」とのタイトルのオリジナル作が吹き込まれています。従って、彼は随分
日本の国となじみが深かったミュージシャンであったと言えるでしょう。
 さあ、僕も久し振りにBethlehemの“Charlie Mariano”に針を落とし、彼の冥福を祈
ると共に、僕自身の懐かしき時代に想いを馳せる事にしてみましょう。
 ではまた来月、大分寒さが体感できるようになってきましたが、皆様どうぞ風邪な
どひかれぬ様に御自愛下さい。
                       (2009年12月10日 記)