「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第96回 釧路〜根室ジャズ紀行

 昨年秋に神戸でのジャズ仲間であったKさんが釧路に転勤されたため、去る9月のシ
ルバーウイークの連休を利用して、彼を頼って釧路および根室観光に行ってきました。
もっとも観光と言っても、アウトドア派からは程遠い僕の釧路〜根室訪問の目的は無
論山登りやハイキングなどではなく、Kさんと一緒に酒浸りになりながら当地のジャズ
のお店を楽しむという事以外には考えられません。釧路市は人口18万人台、根室市に
至ってはわずか3万人台の小さな街です。しかし、以前より道東のジャズは熱いとの噂
を聞いて興味を抱いていたのですが、いざ実際に訪れたところ、この2つの街はいずれ
も僕の予想を遙かに上回るジャズファンにとっては天国のような街だったのでした。
 釧路に到着して、まず最初に「This Is」という老舗ジャズ喫茶を訪れました。お店
の開店が1969年との事ですので、今年で何と!開店40周年を迎えます。重い扉を開けた
瞬間に僕が実感した事はと言うと、”目の前にとうの昔に忘れかけたあの頃のジャズ喫
茶が存在している!”という感動でした。実際、マスターのお話でも40年前の開店時か
ら内装は全く変わっていないそうですが、薄暗い店内・ほろ苦い珈琲の味・様々な絵
画やポスターなどで埋め尽くされた漆黒の壁面など、まさしく僕がジャズを聴きだし
た高校生の頃に、恐る恐る足を踏み入れたジャズ喫茶の感覚そのものを体感させてく
れるようなお店だったのです。この時代に至って、今なおアルコール類をおかずソフ
トドリンクのみのメニューという頑固一徹の営業方針は、経営的にもさぞかし大変だ
ろうとお察ししましたが、これもまた”真剣にジャズと向き合って欲しい”とのマスター
小林東氏の発するメッセージであろうと感じられて、僕は好ましい印象を抱きました。
 そして、その日の夜にはKさん行きつけのジャズバー「Basie」に連れて行って頂き
ました。実は釧路を訪れる前からチェックしていたこのお店のホームページには 、
”基本的にはジャズに耳を傾けながら、マッタリ出来る隠れ家的なバーを目指してます。
今では貴重な10インチのアナログ・ヴィンテージ盤や女声ボーカルのアナログ・コレ
クションから選りすぐった音源をお楽しみ頂けます。”との魅力的な営業案内のメッセー
ジと共に、マスターのお薦めレコードとして、いわゆるベーシックコレクションとは
趣を異にしたB級名盤やマニアックな作品が多数紹介されていましたので、僕の
「Basie」訪問の期待は否が応にも高まるばかりでした。そしていざ店の前に辿り着い
て扉を開けると、正面の壁にはDexter GordonのDootone盤およびVito PriceのArgo盤
のオリジナルジャケットが飾られており、さらにカウンター奥のバックバーに
はCharlie ParkerのClefオリジナル盤が鎮座しているのを目にして、僕のコレクター
魂は一気に爆発してしまいました。結局、釧路滞在中2日連続で「Basie」に通いまし
たが、その間僕の見たことのないようなオリジナル盤を多数拝聴させて頂きました。
その上、マスターの吉元さんのレコードに関する知識は生半可なものではなく、その
ようなお話を次々と披露して頂く事によって、僕にとってはまさに至福とも言える貴
重な時間を過ごす事が出来たのでした。
 2日目には朝からKさんの車に乗せて頂き、約2時間のドライブで道東最果ての街根室
へと到着しました。Kさんは、仕事で週に1度は根室にも行かれているとの事であり、
根室に関しても既に”勝手知ったる我が街”状態に達しておられました。しかし僕にとっ
てもまた、まだジャズ初心者であった1970年代に「スイングジャーナル」誌に毎月の
ように根室ホットジャズクラブの活動便りが掲載されているのを精読し、その頃か
ら”根室ってジャズが盛んな処なんやなあ”と擦り込み済みでしたので、初めて訪れた
のにも関わらずとても親近感を感じる街だったのです。根室本線(花咲線)の終着駅で
ある根室駅の平屋の駅舎は意外な程に質素な佇まいでしたが、駅を少し超えたところ
に「根室本線終点」の看板と共に鉄道のレールが途絶えた箇所があり、鉄道オタクの
方々にとっては恐らく限りなく魅力的な場所に違いない事でしょう。そして駅前すぐ
のところに、根室ホットジャズクラブの活動の本拠地であるジャズ喫茶「サテンドー
ル」が存在していました。店内に足を踏み入れると、店主の谷内田さんご夫妻が優し
い笑顔で迎えて下さいました。カウンター上の壁面には、同ジャズクラブの活動が最
も盛んだった1975年前後に根室でライブ録音された日野元彦さんの”流氷”(Three
Blind Mice)や日野皓正さんの”Wheel Stone”(East Wind)といった地元に所縁の深いレ
コードジャケットが掲げてありました。マスターにお話を伺うと、1964年のファンク
ラブ発足以降現在までずっと定例会やレコードコンサートを続けておられ、もうすぐ
第1000回を迎えるとの事であり、その息の長さやメンバーの方々に熱意にすっかり感
服してしまいました。余りの居心地の良さに、一旦は店を後にして昼食にご当地の鮨
屋に行ったものの、帰りがけに再度「サテンドール」に足を向ける事となり、結局僕
にとっての釧路の街の思い出はと言うとほとんど「サテンドール」だけとの顛末になっ
たような次第です。
 以上の様な経緯の2泊3日の短い旅行だったのですが、ジャズおたくにとって斯くな
る”ジャズの熱い街”を訪れる事は、何時でも何処でも本当に愉しいものだなという事
を改めて実感させてくれる旅となりました。
 ではまた来月、寒かったり暑かったりと妙な気候の日々ですが、皆様どうかお体に
気をつけてお過ごし下さい。
                      (2009年11月10日 記)