「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第92回 David Stone Martinの華麗なるアートの世界

 ジャズレコードのコレクションを始めて数年が経過し、ある程度の量のコレクショ
ンに達してくると、多分誰でもオリジナル盤が欲しくなってくる事と思います。まだ
ジャズ初心者の頃は日本盤の再発盤で充分であり、“安い日本盤で同じレコードを買え
るのに、どうしてわざわざ大枚をはたいて高価なオリジナル盤を買うんだろう?”と僕
も不思議だったのですが、10年も経つと自分自身がその病に侵されるようになってし
まいました(笑)。わざわざ高価なオリジナル盤を購入する理由として、コレクターの
うちのかなりの比率の人は、恐らく“音質が全然違うから”とお答えになるでしょう。
しかし、僕の場合には悲しいかな、その音の違いを聴き分けるオーディオも耳の良さ
も持ち合わせていません。では何故?と尋ねられると、“1950年代のアメリカの香りが
するから”との陳腐な答えを返す事しか出来ません。こんな事もこれまでに幾度となく
述べてきましたが、すっかりつまらない国になってしまった現代のアメリカとは裏腹
に、1950年代の輝けるアメリカは僕にとって永遠の羨望の的なのです。それゆえに、
1950年代のUSAオリジナル盤のぶ厚いジャケットそしてずっしりと思い重量盤のレコー
ドを手にとると、その時代のアメリカが放つ芳香を瞬時にして感じ取る事となるので
す。1980年代後半頃に、1950年代風のノスタルジックなアメリカのシーンを背景に、
“アメリカが青春だった頃のアメリカがある”との絶妙のコピーが流れるミスタードー
ナッツの魅惑的なテレビコマーシャルが放映されていたのですが、このCMこそ僕の心
情を巧みに反映したものであり、永遠に僕の記憶から消え去る事はないでしょう。
 ジャズレコードコレクターの中には、Blue Noteを始め、PrestigeやRiverside等と
いったレーベル単位でオリジナル盤のコレクションを行っておられる方も少なくあり
ません。僕の場合には、1950年代のUSAオリジナル盤であればレーベルに関わらず欲し
くなってしまうのですが、特に力を入れてオリジナル盤を収集しているのはClef
〜Norgranレーベルの作品です。この両レーベルは共にNorman Granzによって設立され、
後に一本化されてVerveレーベルとなるのですが、Clef〜Norgranレーベルのオリジナ
ル作品がVerveレーベルから再発された際に、レコードタイトルやジャケットや曲順が
変更されるなんて事は序の口であり、場合によっては1枚のレコードに収められていた
曲が再発に際して異なったレコードに分散されるといった事態も稀な事ではなく、ま
さにコレクター泣かせのレーベルと言えるでしょう。しかもカタログ数が多いにも関
わらず、この情報過多の時代にあって、Clef〜Norgran〜Verveレーベルの作品に関す
る解説書や指南書は僕の知る限りでは存在しておらず、一つ一つ自分の耳と眼で確認
してなければならないのですが、逆にその事がコレクター魂を刺激するのかも知れま
せん。そのような訳で、僕は特にClef〜Norgranレーベルのオリジナル盤に惹かれるの
ですが、このレーベルをさらに魅力的なものにしているもう1つの理由として、David
Stone Martinの手になるレコードジャケットの華麗なるイラストが挙げられるでしょ
う。
 David Stone Martinは、1913年にシカゴで生誕した画家〜イラストレーターです。
1940年代には「ライフ」誌や「タイム」誌の表紙を描いたりもしていたそうですが、
1940年代後半から主にレコードジャケットを描くようになり、以降1950年代半ばまで
の間に、良き時代のアメリカを象徴するような数多くの作品を発表しています。それ
では、僕のClef〜Norgranレーベルのコレクションの中から、今回はDavid Stone
Martinのイラストよりなるジャケットがとりわけ秀逸な作品を選んで、ご紹介する事
にしましょう。まずは、ヴァイブのLionel Hamptonのリーダー作“Lionel Hampton
Quartet”(Clef MGC-673)ですが、あたかも本当にマレットが動いているかのようなジャ
ケットは見事としか言い様がありません。次にトランペッターのRoy Eldridge
とDizzy Gillespieとの双頭リーダー作“Roy and Diz ♯2”(Clef MGC-671)をご紹介しま
すが、コミカルなジャケットがとても魅力的です。さらに、クラリネットのBuddy De
Francoによる“Buddy De Franco and Oscar Peterson plays George
Gershwin”(Norgran MGN-1016)のジャケットも、とりわけ色使いが上品で素敵です。こ
れらの3枚のアルバムの共通点として、Clef〜Norgranレーベルのハウスピアニストと
称しても過言ではないOscar Petersonがバックを勤めており、その素晴らしいピアノ
プレイで作品の価値をさらに高めているのです。その他、Dizzy Gillespieの“Dizzy
and Strings”(Norgran MGN-1023)やBenny Carterの“Plays Pretty”(Norgran
MGN-1015)などのジャケットもまたナイスですが、中でも最高の出来栄えと呼べるの
はArt Tatumの“Art Tatum Quartet”(Clef MGC-679) のジャケットである事に異論は
ないでしょう。スマートなAlvin Stoller(Ds)、ずんぐりした短?のRoy
Eldridge(Tp)、恰幅の良いArt Tatum(P)の3人の後ろ姿を捉えたイラストの妙味には思
わずニンマリさせられてしまいます。
 レコードは内容第一である事が勿論重要ですが、このような魅惑的なジャケットを
御紹介すると、ジャケットの持つ付加的な価値の重要性に関して、皆様ご理解頂けた
事と思います。という次第で、どうやら僕は今後も1950年代の素敵なアメリカの薫り
が充満したレコードハンティングという病から抜け出せそうにありません。
 ではまた来月、湿気の高い気候のこの頃ですが、皆様どうぞお疲れの出ぬようにお
体に気をつけてお過ごし下さい。
                     (2009年7月10日 記)