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「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第91回 Jimmy Cobbを生で聴けるだなんて…
今年の3月下旬の事ですが、スイングジャーナル誌の4月号をパラパラとめくってい
たところ、“グラント・スチュワート待望の単独来日公演決定!”との広告記事が僕の目
にとまりました。Grant Stewartは、本コラム第58回でも紹介した僕の大好きなテナー
サックス奏者ですが、今回大阪公演が行われる梅田“Mister Kelly`s”に前回出演され
た時には、これまた本コラム第71回で報告した様に同じく人気サックス奏者であ
るEric AlexanderとのTwo Tenorによるライブでしたので、僕は“今回は、フロント
はGrant Stewart1人だけなのか…”とライブに行く事を少々躊躇するような気分になっ
てしまいました。ところが、一緒に来日するサイドメンの名前を見るに及んだ瞬間、
僕の気持ちは一変したのでした。その理由は、ドラムスには何と!かのJimmy Cobbが名
前を連ねていたからだったのです。
Jimmy Cobbに関しても本コラム第27回で一度お話しましたが、Miles Davisの第2期
黄金セクステット、すなわちトランペットのMiles Davis、テナーサックスのJohn
Coltrane、アルトサックスのCannonball Adderly、ピアノのWynton Kelly、ベース
のPaul Chambersとのメンバーの中で、もう随分前から唯一の生き証人との状態が続い
ているミュージシャンです。比較的早逝した他のメンバー達と異なり、老いてますま
すその活動性は高まり近年でも多くのCDを発表しておられますが、如何せん1929年生
まれで本年満80歳との高齢ですので、まさかそのプレイを日本で生で聴く事が出来る
だなんて僕は夢想だにしていませんでした。
さて当日、今回の来日メンバーはGrant Stewartのテナーサックス、Jimmy Cobbのド
ラムスに加えて、ピアノのTardo HammerおよびベースのDeslon Douglausとの4人です。
そしていざライブが始まりGrant Stewartの最初の一音が発せられるや否や、ああやっ
ぱり今回も僕は、本コラム第12回及び71回の際に述べたのと同じく、あたかも僕がニュー
ヨークにあるどこかのライブハウスに迷い込んだかの如き“ニューヨークの息吹き”を
実感してしまったのでした。アップテンポの曲及びゆったりとしたバラードのいずれ
においても、Grant Stewartのテナープレイはバップを根幹とした安定した音色を保ち、
我々に深い感動を与えてくれます。そしてJimmy Cobbに関しては、僕は半ば“ジャズ界
の人間国宝”を見に行くような気持ちを抱いてもいたのですが、そのような念を完全に
払拭させてくれるような、衰えなど微塵も感じさせる事のない堅実なリズムの熱いプ
レイを繰り広げてくれました。ベースボールキャップを被り、長い顎髭を蓄えたその
容貌は、近年サウンドヒルレコードから発売された彼の2枚のリーダーアルバムであ
る“Taking a Chance on Love”および“Tribute to Wynton Kelly and Paul Chambers”
のジャケット写真での彼の姿に近いものであり、ライブ終了後に僕はこの2枚のCD
にJimmy Cobbさんからサインを頂きました。
そして今回のライブにおけるもう一つの大収穫は、ピアノのTardo Hammerのプレイ
でした。彼の演奏は、バップの権化との称号を与えたくなる程シングルトーン主体の
アドリブが冴えわたっており、その素晴らしいピアノによるバッキングがGrant
Stewartのテナープレイをより刺激的なものに、そしてカルテット全体の演奏自体をよ
り引き締まったものにしていた事は間違いないでしょう。Tardo Hammerは1958年にニュー
ヨーク州クイーンズの生まれという事ですので、そろそろベテランの域に達している
ミュージシャンです。過去に、Johnny GriffinやArt Farmerなどといった著名なミュー
ジシャンのグループでの活動歴を有しているそうです。自己のリーダー作も、これま
でにSharp Nineレーベルに4枚のアルバムを録音しており、その一部は本コラム第17回
でも紹介しましたが、今回僕は“Tardo`s Tempo”と“Look Stop & Listen”の2枚のアル
バムを持参して、彼のサインを頂戴しました。このうち、後者の“Look Stop &
Listen”はTadd Dameronの作品集ですが、このような企画の作品を吹き込む事自体
がTardo HammerさんがBud Powell〜Barry Harris直系のバッパーであることを実証す
る何よりもの証しであり、僕は思わずニンマリしてしまいます。
さて、今回はご高齢のJimmy Cobbさんのライブを生で聴けて、僕は深い感動の念を
覚えていたのですが、その後に今年のゴールデンウイークに開催された高槻ジャズス
トリートのパンフレットを眺めていたところ、さらに高齢のサックス奏者であ
るJames Moodyさん(1925年3月生まれ;84歳)が出演するとの記事を見つけて、僕はぶっ
たまげてしまいました。そう言えば、もしかしたら今年の東京ジャズには御年83歳に
なるLou Donaldsonさん(1926年11月生まれ)が来日するかも?との噂もありますし、90
歳を越えたHank Jonesさん(1918年7月生まれ)なんて今なお何気なく来日しておられま
すので、この長寿時代に80歳なんてまだまだヒヨッ子なのかも知れませんね。いずれ
にしても、Jimmy Cobbさんには今後なお長きにわたって活躍して頂きたいと切に願う
次第です。
ではまた来月、そろそろ汗ばむ季節となってきましたが、皆様どうぞ暑さに負けず
にお過ごし下さい。
(2008年6月10日 記)
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