「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第90回 Bud Shankが逝ってしまった

 4月20日、いつものように発売されたばかりのスイングジャーナル誌に目を通してい
たところ、「世界のジャズニュース」という項で僕にとっては衝撃的なニュースが飛
び込んできました。それは、僕の大好きなアルトサックス奏者であるBud Shankの訃報
を知らせる記事だったのでした。Bud Shankは1926年5月の生まれですので、享年82歳。
決して早逝という訳ではありませんが、僕は聴きには行けなかったものの、2007年度
の“富士通コンコードジャズフェスティバル”にも来日して元気なプレイを聴かせてく
れたとの記事も目にしていましたので、予期せぬ知らせに僕は少なからぬショックの
念を覚えてしまいました。
 僕が初めてBud Shankのレコードを耳にしたのは、1974年の某日、京都三条にあった
「Big Boy」というジャズ喫茶での事でした。前のレコードが終わったなと思っていた
ところ、少しの間をおいて次のレコードの演奏が始まり、いきなりbrilliantなアルト
サックスの音色が飛び出してきました。当時まだまだジャズ初心者の僕でしたが、一
聴したところでは、本コラム第10回で紹介したようにその頃熱狂していたArt Pepper
の演奏かな?と感じたのですが、よく聴くと少し違うようです。程なくして掲げられた
レコードジャケットに早速近づいてみると、それは僕にとって今までには見たことも
ないようなジャケットおよびミュージシャンによる演奏でした。結局そのレコードは、
本コラム第24回でも紹介した“The Bud Shank Quartet” (Pacific Jazz 1215)だったの
ですが、以降早速Bud ShankはArt Pepperと並んで、僕の最も贔屓のアルトサックス奏
者となったのでした。古いスイングジャーナル誌を繙くと、この作品は1973年11月新
譜として日本盤が発売されています。1974年1月号に掲載された久保田高司氏による評
論を一部引用してみますと、“アート・ペッパーがその名の如く薬味のきいた味をもっ
ているのに対し、バド・シャンクのほうはその名の如く草花の茎(Shank)のように清々
しくも瑞々しいアルト奏者である。またシャンクは、ややもすれば編曲偏重に陥りや
すかったウエスト・コースト・ジャズの中に在って、アドリブの妙味を追求したミュー
ジシャンの一人でもある。したがって彼は、このアルバムでも分かるようにいつもス
インギーなジャズ・アルバムを吹き込み続けたのだった。”との瀟洒な文章がしたため
られています。久保田高司氏は現在なおスイングジャーナル誌に健筆を奮っておられ
ますが、最近はこのような風情のある文章を書かれるジャズ評論家の方は減ってしま
いましたね。
 僕の、Bud Shankに纏わるもう1つの印象的な出来事として、“Bud Shank
Quintet”(Nocturne;NLP2)という10インチ盤のレコードに関する思い出が挙げられます。
それはもう20年近く前の話ですが、たまたま東京に出張した僕は、仕事が終わった後
にいつものように新宿の「ディスクユニオン」(それも今のように新宿ジャズ館が出来
る以前で、「ディスクユニオン」の新宿本店の地下にジャズコーナーがあった頃の事
です)を訪れました。そして何気なくレコードを探していたところ、Bud Shankのコー
ナーで今までに見たこともないようなジャケットのShankの10インチ盤を発見したので
した。レーベルもNocturneという全く知らない会社だったのですが、全くのピカピカ
のオリジナル盤で、その上ジャケットは若きBud Shankがアルトサックスを携えて佇む
魅惑的なものであり、僕は瞬時にしてそのレコードに魅せられてしまいました。ただ、
値段も2万円を軽く超すような高価なものであったため、その時には決断がつかず諦め
て帰途につく事にしました。しかし、その後もずっとそのレコードが僕の脳裏を離れ
る事はありませんでした。約1ヶ月後に再度東京出張の機会があったため、僕は“この
レコードがもう売れていたらご縁がなかったと思ってきっぱり諦めるけれど、もしま
だ残っていたら購入しよう!”との決意で、祈るような気持ちで再度新宿「ディスクユ
ニオン」へ向かいました。そして、店内に到着するや否や一目算でBud Shankコーナー
のレコードを引き出したところ、ありました!! “ずっとここで僕を待っていてくれた
のか…”との愛おしい念を抱きながら、結局僕は大枚をはたいてこの小さな10インチ盤
を購入する事となったのでした。Nocturneという会社は、1950年代前半にハリウッド
でウエストコーストジャズの録音を行っていましたが、結局10枚弱の10インチ盤を制
作しただけで倒産してしまったそうです。約10年前に、スペインのフレッシュサウン
ドレコードはNocturneレーベルの全作品を集大成した3枚組CDに84ページにも及びブッ
クレットを添えた“Nocturne Recordings”との貴重な作品を発売しています。
Nocturneレーベル倒産後一部の作品はPacificレーベルに買収され、この10インチ盤の
吹き込みも本コラムの第40回で紹介した“昼と夜のシャンク”(Pacific Jazz 1205)のA
面に収録されている演奏と同一のものです。またその上、このShankの10インチ盤はそっ
くりそのまま12インチ盤に拡大されて、1997年に東芝からアナログ盤で発売されまし
た。従って、現在ではこのShankのジャケットも決して物珍しいものではなくなってし
まいましたが、それでも今なおオリジナルの10インチ盤を手にすると1950年代前半の
アメリカの息吹きが聞こえてきそうで、僕は筆舌に尽くしがたい感動の念を覚えてし
まいます。
 その後Bud Shankは、stringsとの共演作である“I`ll Take Romance”(World
Pacific)や日系の箏奏者であるKimio Etoとのデュオでの“Koto&Flute”(Pacific
Jazz)等といった少し毛色の変わった作品を録音したり、イージーリスニングやボサノ
バのレコードにも数多く参加したり等多彩な活動を行っており、決して僕のイメージ
するような爽やかなアルト奏者との一面のみでは計り知れないミュージシャンであっ
た様です。しかし僕は、Bud Shankが鬼籍に入ってしまった今後も、特に彼がとりわけ
輝かしかった1950年代のアルトサックスのプレイをひたすら愛し続けたいと思います。
 ではまた来月、皆様どうぞこの五月の豊かな季節を大いにエンジョイして下さい。
                      (2009年5月10日 記)