「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第85回 志木「Bunca」から保谷「Bunca」へ

 先日の東京出張の際、たまたま半日ほど時間が空いたため、思い立って志木および
保谷にある「Bunca」という名前のジャズ喫茶をハシゴしてきました。僕が志木
「Bunca」というジャズ喫茶の存在を知ったのは、今からもう15年も前の事になります
が、きっかけはスイングジャーナル誌の読者通信欄に投稿された印象深い小文によっ
てでした。この度、古いスイングジャーナル誌を探し出したところ、お目当ての投稿
文は1994年5月号に掲載されていましたが、この文章はその後長期にわたって僕の心を
魅了し続けていました。余りに魅力的な一文ですので、山内秀人さんというお名前の
投稿者の方の御承諾は頂いておりませんが、ここに引用させて頂きます。
『            わが願い、遂に実現す!
 仕事を終え、ゆっくりした気分でJAZZを聴きたい…そんな時は住まいとは逆方向に足
を運ばねばならず、そんなにゆっくりもできない為、自宅近くにそんな店があったな
ら…といつも思っていた。場所からいってもチョット無理とは思っていたのだが、何と
その願いがかなったのである。
 2月某日、カミサンから「近くにレコードを沢山置いてあるJAZZのお店が出来たわョ」
の一言にすぐ飛んでいく。東武東上線志木駅前、自宅より徒歩2分! 新しく出来たビル
の2階の“JAZZ STRAIGHT LIFE”のネオンに胸は高鳴る。お店の名は「BUNKA(バンカ)」。
ヘビーなジャズ喫茶の雰囲気とはチョット違うが、インテリアも良く店内はゆったり
としており、何よりもデーンと並べてあるアナログ・レコードとピアノを中央にし
たJBLのスピーカーがもうJAZZである。そして壁にはマスター御自身が撮られたという
アート・ペッパーの写真が素晴らしい。
 恐る恐るレコードを見せていただきたくお願いしたところ、快く見せていただき、
これまで見たこともないモノ、探し求めているモノ、オリジナル盤等々、夜も更ける
のも忘れて、JAZZ談義に熱くなっていく。
 スピーカーと対決というような聴き方ではないが、何かホッとするものがあり、そ
れからはそれこそ仕事を終え帰宅前に寄ったり一旦帰宅してから出直したりして、あ
たたかいマスターのホットなJAZZ論も時には過激(?)になったりで面白く、つい長居を
してしまう。
 よくしたもので、自分と同じ思いの方々も来店され、マスターを通じて色々な方と
知り合い、JAZZ仲間が増えていきそうである。せっかくできたこの場、この出会いを
大事にしたいと思うし、同好の方々の集まり、更なる広がりを願う次第である。
                     新座市 山内秀人       』
どうですか?こんな文章を目にしたら、ジャズファンならば誰だって憧憬の念を感じな
い訳にはいかないでしょう?そしてそれに加えて、「ジャズ喫茶巡礼の旅」というサイ
トを検索していたところ、最近保谷にも同じく「Bunca」という店名のジャズ喫茶が暖
簾分けされたとの情報を得て、かくなる次第で僕はジャズ喫茶「Bunca」のハシゴとい
う半日旅行を決行したという経緯だったのです。
 まずは先輩格の志木「Bunca」を訪れましたが、池袋から東武東上線の急行電車に乗っ
て、約20分で志木駅に到着です。初めて乗る電車の路線そして初めて降りる駅はいつ
でも僕の心をワクワクさせてくれるものです。志木駅から徒歩で約5分。小さなビル
の2階に目指す「Bunca」はありました。階段を登って重い扉を開けた瞬間、大きなレ
コード棚が僕の目に飛び込んできたのですが、さらに驚くなかれ店内を見わたすと、
この1カ所のみならずあちらこちらに数多くのアナログ盤を収納したレコード棚が点在
しており、その余りの数の多さに僕はいきなり圧倒されてしまったのでした。そして、
これらのアナログ盤を奏でるJBLの巨大なスピーカーの音色の柔らかい事…。Gene
AmmonsのMoods Ville盤での彼のテナーサックスの暖かい音色に僕はすっかり魅せられ
てしまいました。その上、昼食にオーダーしたポークカレーセット850円もまた美味か
つボリューム満点であり、限りなくリーズナブルでこれまた大感激でした。
 こうして幸福感に浸りながら一旦池袋まで戻って、今度は西武池袋線に乗り換えで
す。僕の大好きな西武ドームへいくために、この線にはこれまでにも幾度となく乗車
していますが、保谷駅で降りるのは勿論初めての事です。準急列車にゆられて、こち
らも池袋から約20分で保谷駅に到着です。駅から約2分歩くと、いきなりダークブラウ
ンの色調のウッディな外観の保谷「Bunca」が目の前に現れてきました。2重扉を開け
ると、正面には階段様の形を呈したレコード棚が鎮座しており、これまた同様におび
ただしい数のアナログ盤が収められていました。たまたま訪れた時間帯が午後3時台で
あったためか、店内は恐らく近所の主婦と思われる方々で賑わっており、会話もはず
んでいたため、雰囲気としては志木「Bunca」と比べるとジャズ色がやや希薄なような
印象も感じられましたが、それでもArt PepperのArtists House盤やHerbie Hancock
TrioのCBS盤などが程良い音量で流れており、とても居心地の良いお店でした。このまっ
たりとした雰囲気にすっかりリラックスしてしまった僕は、思わずケーキセットをオー
ダーするなどというジャズ喫茶では初めての体験まで経験してしまいました(笑)。
 僕の住まいがある西宮市やホームグラウンドである神戸市も、ジャズ喫茶環境とい
う点において恵まれた街であると言えるでしょう。しかし、決して巨大な駅ではない
にも関わらず、駅前付近にこのような素敵なジャズ喫茶が存在している志木および保
谷の街の住人の方々に対して、今回もまた少なからぬ羨望を抱きつつ、僕は帰途につ
いたのでした。
 ではまた来月、ここ数日すっかり真冬の雰囲気になってきましたが、皆様どうぞ風
邪など召されぬ様にお過ごし下さい。
                     (2008年12月10日 記)