「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第84回 Wayne Shorterの名曲をdigしてみよう

 最近、また僕のジャズの聴き方が少し変わってきました。1つは本コラムの第73回で
も述べたように、“曲”に注目して聴く事が多くなった事です。そしてもう1つは、従来
根っからのハードバップファンの僕だったのですが、最近は少し門戸を広げて、モー
ドジャズにも注目するようになってきたという点です。モードジャズが好きになって
きた原因として、僕が敬愛する関西最高のバップピアニストである“巨匠”こと岩佐康
彦さんが、最近ではライブでしばしばモードチューンを演奏するようになられた事に
大きな影響を受けているのかも知れません。
 本コラム第36回ではジャズメンオリジナルの曲の魅力について触れましたが、モー
ドジャズの代表曲として、Herbie Hancock・McCoy Tyner・Joe Hendersonなどといっ
たモード系奏者のペンになる佳曲が多く存在しています。中でもとりわけテナーサッ
クス奏者のWayne Shorterによる作品の数の多さと素晴らしさは畢竟であり、例えば彼
がブルーノートレーベルに吹き込んだ代表的なリーダー作品である“Ju Ju”や“Speak
No Evil”を挙げても、それぞれに収録された6曲すべてが彼自身のオリジナル作品で占
められています。そこで今回は、Wayne Shorterが作曲したモードジャズの作品の中か
ら、僕の好きな曲を数曲紹介する事にしてみましょう。
 彼のオリジナル曲の中では、“Adam`s Apple”(Blue Note) に吹き込まれた
「Footprints」という曲が最も有名なようですが、僕が個人的に一番好きなの
は“Night Dreamer” (Blue Note)の中の「Black Nile」という曲です。「Black Nile」
は多くのミュージシャン達によってカバーされており、例えば本コラムの第68回で紹
介した木畑晴哉君の“Gray Dawn”という作品にもこの曲が収録されていますし、最近の
作品の中ではピアニストのCyrus Chestnutによるその名もズバリ“Black Nile” (M&I)
というタイトルの作品を僕は好んで聴いています。「Black Nile」は、ジャムセッショ
ンの際に最も演奏される機会の多い曲のうちの1つとの事ですが、た
だ“Ugetsu”(Riverside)中の「One by One」などと並んで、彼のオリジナル曲の中では
比較的バップイディオムを継承した曲と認識されている様です (という事は、結局何
だかんだ言っても、所詮僕は一介のバップファンに過ぎないのかも知れませんが…)。
 それでは次に、少しモードっぽい曲を紹介する事にしてみましょう。話は変わりま
すが、大阪梅田の阪神百貨店では年に2〜3度、10店舗以上のレコード屋が集って大規
模な中古レコード&CD市という催しが行われています。その時期は不定期ですが、も
う15年以上前から毎年年末には必ず恒例的に開催されるため、僕にとって阪神百貨店
の中古レコード市に行った過去の思い出を振り返ると、年の瀬の慌ただしさの中1年間
の仕事を何とか無事に終えたという安堵感のイメージと重複してしまいます。そして、
昨年末の中古レコード市の場で、僕はKirk Lightseyというピアニストの“First
Affairs” (Limetree)という、これまでに見た事もないジャケットのレコードを発見し
ました。その収録曲をチェックしてみると、McCoy Tynerの「Blues On The Corner」、
Herbie Hancockの「One Finger Snap」、Freddie Hubbardの「Up Jump Spring」といっ
たモード系ミュージシャン達のペンによる名曲が名を連ねていたため僕は即座に購入
を決めたのですが、Shorterによる「For Albert」という曲もまた収録されていました。
そしてこのアルバムを繰り返し聴いているうちに、この曲もまた好きになってきたの
でした。僕は、それ以前にはこの曲の存在自体を知らなかったのですが、Shorter自身
によるオリジナル演奏はRiversideレーベルの“Caravan/Art Blakey &Jazz
Messengers”というアルバムに吹き込まれておりました。ちなみに、「For Albert」
のAlbertという名前はBud Powellのミドルネームの事だそうです。
 そしてもう1曲、「Fee Fi Fo Fum」という変わったタイトルの曲を挙げてみましょ
う。この曲の名前は、マザーグースの原詩のタイトルの1つとの事であり、Blue Note
レーベルの“Speak No Evil”中に収められています。本コラムの第37回で紹介し
たJohnny O`Nealの“Live At Baker`s”というレコードでもこの曲は演奏されています
が、僕自身特に印象深いのは、本コラムの第79回でも述べましたが、以前僕が過ごし
ていた兵庫県加西市に在った「森のスケッチ」というお店で聴いたドラムスの中村達
也さんのライブでの思い出です。もう15年以上前の出来事なのですが、ピアニスト
のJohn Hicks達と録音された、発売されたばかりの“Tribute to Great
Tenors”(King)というCDをそのライブの会場で中村さんから直接購入し、その頃幾度と
なく聴いたものでした。このCDの中に、Shorterの「Fee Fi Fo Fum」という曲もまた
収録されていたため、久し振りに耳にすると往時の思い出が蘇ってくる僕にとっての
懐かしの1曲という訳なのです。
 その他、“Ju Ju”(Blue Note)中の「Yes or No」という曲も紹介したかったのですが、
残念ながら紙面が尽きてしまいました。このように新たな好みの曲を見つけ出す事は
無類の楽しみであり、かくなる楽しさを追求していく限り、いつまで経っても僕はジャ
ズの泥沼から抜け出せそうにありません。
 ではまた来月、急に寒さが厳しくなってきましたが、皆様どうぞ風邪等めされぬ様
お体に気をつけてお過ごし下さい。
    (2008年11月10日 記)