「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第82回 「真夏の夜のジャズ」のAnita O`day  

 ジャズにはやはり夏という季節が最も似合うような気がします。もっとも僕の場合、
季節を問わず年中ジャズを聴いている訳ですが…(笑)。個人的には、本コラムの第8回
で紹介した1972年の夏休みや、第32 回で述べた京都での夏休みの思い出などが僕の心
に深く刻み込まれています。また、一般論ですが第45回で記したように、ジャズ喫茶
自体が特に真夏という季節に、より魅力を発揮するようにも感じます。そしてそれに
加えて、僕に対して「ジャズ=夏」との思いを強くさせる要因として、「真夏の夜のジャ
ズ(原題;Jazz on a Summer`s Day)」とのタイトルの一篇の映画の存在が強く関与して
いるように思うのです。
 「真夏の夜のジャズ」とは1958年度のニューポートジャズフェスティバルの模様を
撮影した記録映画です。この映画は、4日間にわたって開催されたジャズフェスティバ
ルのシーンを実に24時間以上に及んで撮影し、その中から80分程度に厳選したとの大
変贅沢な作品です。その上、演奏シーンのみならず、ニューポートビーチでヨットレー
スに興じる大人達やビーチの遊園地で戯れる子供達のシーンなどもふんだんに盛り込
まれているため、単なるジャズフェスティバルを記録した映画の範疇にとどまらず、
豊かだった1950年代のアメリカの裕福な白人層のリゾート地での生活ぶりを体感でき
る永遠の名作に仕上がっているという訳なのです。
 僕が初めてこの作品を目にしたのは、多分1976年の夏に、梅田桜橋のサンケイホー
ルでこの作品の特別上映会が催された会場での事だったと記憶しています。その後ビ
デオさらにはDVDで発売されたため幾度となく鑑賞する機会がありましたが、やはりビ
デオもDVDも存在していなかった時代にわざわざホールまで足を運び、初めて映画とし
て観た時の感動に勝るものはありません。演奏シーンは、Jimmy Guiffreから始まり、
Thelonious Monk、Dinah Washington、Gerry Mulligan、Louis Armstrong、Mahalia
Jacksonなどの豪華メンバーが相次ぎますが、圧巻は何と言ってもAnita O`dayのステー
ジでしょう。白い羽根のついた黒の帽子、黒いドレス、白い手袋というお洒落な出で
立ちで舞台に現れたAnita O`day。当時38歳の女盛りであり、魅惑の美貌および少し
ハスキーな声で奏でる“Sweet Georgia Brown”および“Tea for Two”の素晴らしさ
と言ったら、それはもう筆舌に尽くし難いものがあります。
 また、僕は数年前に三宮のHMVでたまたま「The 1962 Newport Jazz Festival」との
タイトルのDVDを発見し、入手する事が出来ました。この作品は、その4年前の記録映
画である「真夏の夜のジャズ」とは異なって白黒の映像であり、残念ながら画質や音
質も余り良好ではありません(これは、元々そうなのか、僕の所有するDVDがダビング
を繰り返したものであるためか、定かではありませんが…)。しかし、カメラワークは
どうやら「真夏の夜のジャズ」を十分に意識している事を強く実感させるものであり、
「真夏の夜のジャズ」と同じくニューポートビーチでのシーンや演奏を聴いている聴
衆の表情なども数多く捉えられており、その上ニューポートの街のTavernの外観の映
像までもが登場するため、往時のニューポートにタイムスリップしたような気分を味
わう事も可能です。演奏自体も、Oscar Peterson TrioやLambert Hendricks & Bavan、
Roland Kirk、Duke Ellington Orchestra、Count Basie Orchestraなどが続き、中で
もCount Basie OrchestraのステージではJimmy RushingとJoe Williamsの共演までも
観る事ができますので、少し画質は悪いですがこれはこれでお宝DVDと言えるでしょう。
 そして、Anita O`dayに関してはと言うと、今年になって1963年の来日時の演奏を
収めたDVDが発売になりました。宮間利之のオーケストラまたは猪俣猛のコンボをバッ
クにして全15曲を歌った画像が収められていますが、「真夏の夜のジャズ」から5年が
経過し映像もモノクロですので、「真夏の夜のジャズ」中のシーン程の強い感動を得
る事は出来ません。しかし、流石にAnitaはAnitaであり、その美しさはやはり特筆す
べきものがあり、これまた決して観て損のないDVDである事は疑う余地もありません。
 ではまた来月、意外に早くそろそろ秋めいてきましたが、皆様どうぞこの良き季節
を有意義にお過ごし下さい。
                      (2008年9月10日 記)