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「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第79回 吉田桂一さんを聴く
以前から何回も述べてきましたが、僕の楽しみの1つに年に2〜3度の東京出張があり
ます。そして、東京への出張が決まって真っ先に僕が行う事はと言えば、仕事が終わっ
た後の夜間のスケジュール調整なのです。僕の夜のオフタイムの過ごし方と言うと、
プロ野球を観戦するかジャズライブに行くかのうちのどちらかなのですが、、プロ野
球観戦に関しては閉塞感のある東京ドームや狭苦しい神宮球場(今年からは広くなった
みたいだけど…)は余り好みではなく、大概の場合はるばる千葉マリンスタジアムか西
武ドーム(ここはドーム球場ですが吊り天井式になっているため、あたかも屋外にいる
かのような爽快感が得られるのです)のうちのいずれかまで出向く事となります。そし
て、目的の球場での野球がない場合やシーズンオフにはジャズライブ鑑賞となります
が、この場合にはまず好みのミュージシャンのスケジュールをホームページでチェッ
クする作業から始まります。僕の好みのミュージシャンとして真っ先に名前が挙がる
のは、本コラムの第6回でご紹介した吉岡秀晃さんなのですが、生憎吉岡さんのライブ
スケジュールとうまく合わない際には、次に同じピアニストである吉田桂一さんのス
ケジュールを探す事がほぼ習慣化しています。
僕が初めて吉田桂一さんのピアノプレイに触れたのは、もう15年程前の1990年代前
半の事です。僕は、1990年から1994年までの5年間兵庫県加西市という人口4万人余り
の小さな都市で暮らしていました。最初にその町への赴任が決まった時には少々落胆
気味だったのですが、いざ赴任して市街を散策していた僕の目の前に「森のスケッチ」
という風変わりな名前の小さなジャズ喫茶の看板が飛び込んできたのです。以降、こ
の店に通い詰める事によって、僕はすっかりこの街が好きになってしまいました。や
がて、しばしばお店の企画でライブ演奏も行われるようになり、東京から来訪された
出口辰治さんというバイブラフォン奏者の方のカルテットによるライブ演奏を聴く機
会がありました。その時に、出口さんのサイドメンとして同行されていた吉田さんの
ピアノプレイを聴くに及んで、僕は同じくバップ好きであった「森のスケッチ」のマ
スターの山田さんと2人で、“あのピアニスト、すごくいいね”と語り合いながら聴き惚
れたという懐かしい思い出があります。
そしてその約10年後の2002年に、ついに吉田さんの初めてのリーダーアルバムであ
る“Music Forever”という作品がWhat`s Newレーベルから発売される運びとなりました。
僕が早速この作品を購入した事は言うまでもありませんが、試聴すると予想通りのハー
ドバップ一筋の演奏が続く作品でした。そして、そのCDが発売された直後にたまたま
千葉への出張の機会があり、その帰り道に吉田さんのトリオのライブはないかなあと
探していたところ、運良く上野の「GH Nine」というお店でのライブを発見したのでし
た。生演奏にまたまた大感激した僕は、帰宅後にこのお店のホームページの「投稿ラ
イブレポート」という項にライブの印象を送付したのですが、今回久しぶりにこのお
店のホームページを開いたところ、もう6年も経過しているにも関わらず、有り難い事
に未だに僕の書いた文章が残っておりました。恥ずかしながら、ここに転載させて頂
きます。
『2002年3月23日 吉田桂一トリオ
約10年前に出口辰治グループで1度だけ吉田桂一さんのピアノを聴く機会があり、その
時に良いピアノだなあと感じ以後ずっと吉田さんの名前は記憶に残っていた。従って、
此の度初リーダーアルバム「Music Forever」をリリースされたのを知って興味が沸い
たが、スイングジャーナル3月号の「吉岡秀晃に続く逸材」とのレビューを見て、吉岡
さんの大ファンの私としては直ちに購入を決め、CDショップへと走った。そして、帰
宅して早速試聴し、購入が大正解との確信に至った。3月21日から23日にたまたま千葉
への出張の機会があり、その帰りに何とか吉田さんを聴く機会がないものかと調べた
ところ、3月23日の「GH Nine」のライブを発見し大喜び。23日の仕事が終了して、帰
途につく同僚をしり目に1人東京居残りを決め、早速「GH Nine」に向かった。アメ横
通りを抜け、地図を片手にして何とか「GH Nine」に辿り着いた。吉田さんのピアノは
奇をてらう事なく、さりげないシングルトーン主体でバップの薫り漂うソロが魅力的
だ。このようなピアノはどこにでもいそうで、しかし実際にはなかなか耳にする事が
出来ない。3者一体となったピアノトリオの演奏を聴いているうちにジントニックの酔
いと共に、体中に心地よさがじんわりと拡がってくるのを感じる。土曜日の夜だとい
うのに、1st stageが終わると客の大半が帰ってしまい、2nd stageが始まる時には
「ミュージシャンが3人、客が4人でかろうじてミュージシャンの勝ち」と吉田さんが
苦笑される状態であったが(その後、また新たな客は来たけど…)、お店とミュージシャ
ンには申し訳ないけれど、私はまばらな客の1員として聴くライブは結構好きだ。特に
この日は素晴らしいライブを数人の客で独占できるという贅沢さを存分に感じてしまっ
た。帰りに吉田さんから御自身のホームページについて教えて頂いたが、帰宅後早速
私のお気に入りに追加された事は言うまでもない。吉田桂一トリオの皆さん、これか
らも頑張って下さい。しかし、「GH Nine」の魅力的なライブが続くスケジュール表を
見ると、いつもの事ながら関西人としては東京のファンの人達に対して羨望の念を覚
えてしまいます。』
その後、吉田さんは2005年秋に2枚目のリーダーアルバムである“I`m gonna be
Happy!”という作品を同じくWhat`s Newレーベルからリリースされ、そして今年の4月
にはキングレコードからドラムスの渡辺文男さんをリーダーとしたものですが、吉田
桂一トリオの固定メンバーよりなる“ALL of US”という作品が発売されました。これら
のいずれの作品においても、吉田さんの演奏は何の迷いも感じられない、ハードバッ
プ一直線のスタイルを貫いておられます。このように、自分自身の贔屓のミュージシャ
ンを見つめるという事もまた、ジャズを聴く上での楽しみの1つなのだと実感してしま
います。
ではまた来月、もう早くも梅雨入りとなりましたが皆様どうぞ体調に留意しつつお
過ごし下さい。
(2008年6月10日 記)
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