「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第77回 Sonny Rollinsよ永遠なれ

 今年の始め頃、「スイングジャーナル」誌の2月号をパラパラとめくっていた際に、
僕はある記事を見つけて少なからぬ衝撃を覚えてしまいました。と言うのは、そこに
は何と、“ソニー・ロリンズ、奇跡の来日公演が実現!〜テナー・タイタンが再び帰っ
てくる日〜”と題された、Sonny Rollinsの来日公演を報じる記事が掲載されていた
のでした。僕が何故驚いたかと言うと、Rollinsは2005年に来日した時に「最後の来
日」宣言を行なっており、そのため多くのジャズファン達は、“もう日本で、生
のRollinsのライブに接する事は不可能なんだろうな”と半ば諦めに近い念を抱いて
いたからなのです。残念ながら、僕は仕事の都合で今回の大阪での公演に行く事は出
来ませんが、再度の来日公演を決意したRollinsの英断に対しては、大きな拍手を送
りたいと思います。
 Sonny Rollinsは1929年9月の生まれですので、今年で79歳を迎えます。Hank
Jonesのように90歳近くなってもまだまだバリバリの現役のミュージシャンもいます
し、79歳という年齢は現代では世間一般的には決して高齢という訳ではありません。
しかし、比較的若くして鬼籍に入るミュージシャンが多いジャズ界において、1950年
代のモダンジャズの創成期から現在に至るまでずっと第一線での活躍を続けてミュー
ジシャンはもう数える程しか存在しておらず、Rollinsはそのようなミュージシャン
の代表格として真っ先に名前が挙がるべき巨人と言えるでしょう。
 僕がジャズを好きになって、初めて購入したRollinsのレコードは、1972年7月に
吹き込まれた“Next Album”という作品です。この作品は日本では1972年11月に発売
されていますが、僕の持っているレコードは輸入盤のMilestone原盤ですので、恐ら
くそのもう少し前に購入したのではないかと思います。と言う事は、先月に述べ
たPrestige廉価盤が発売された直後の時期であり、多分Prestige廉価盤を聴き込んで
ハードバップジャズが大好きになった僕は、モダンジャズの巨人としての呼び声が高
いSonny Rollinsという人は一体どんな演奏をするのだろうと興味を持って、彼の新
譜を購入してみたのではないかと推測します。ただ、Rollinsという人は精神的に幾
分脆い部分があり、そのキャリアにおいて数回の引退〜雲隠れを繰り返しています。
この“Next Album”というアルバムも、彼が長い沈黙を保ったあげく約6年振りに吹
き込まれた作品なのですが、往時の僕はそのような事情を知る術もなく、恐ら
くRollinsの吹くテナーサックスの豪快な音色や魅力的なカリプソのリズムにただた
だ魅了されていた事でしょう。
 そして、その約1年後にRollinsは来日公演を果たしましたが、この1973年の公演
のメンバーにはギタリストとして増尾好秋が加わっていました。今でこそ、たとえ著
名なミュージシャンの来日公演のサイドメンに日本人が名を列ねていたとしても、日
本人のメジャーリーガーが珍しくなくなった事と同様に、さほど驚くべき出来事では
ありません。しかし、当時にはこのような大抜擢ともいえる人選を行なう事はかなり
珍しい現象であったため、“増尾好秋の凱旋ツアー”としてそれこそ主役のRollins
を喰ってしまう程の大騒ぎとなりました。僕も1973年9月29日に西宮市民会館で行な
われたSonny Rollins Quintetのライブに足を運び、大いにエンジョイした思い出が
ありますが、この年のライブの記録は“Sonny Rollins in Japan”(Victor)という作
品に残されています。
 しかし、Sonny Rollinsのすべてのキャリアを通じて最も誉れ高い名盤と言えば、
“Saxophone Colossus”(Prestige)の名を挙げない訳にはいかないでしょう。「St
Thomas」・「Moritat」などの有名曲を収録したこのレコードは単にRollinsの最高作
と呼ぶに留まらず、モダンジャズの名作として真っ先に取り上げられる作品のうちの
1枚です。しかし、僕個人的には内容の素晴らしさよりもむしろ、Rollinsのシルエッ
トを象った印象的なブルーのジャケットに対する思い入れをより強く感じてしまいま
す。と言うのは、その昔神戸のJR元町駅(むしろ、国鉄元町駅と呼ぶべきなのですが
…)の北側に「とんぼ」という名前の小さなジャズ喫茶が存在していたのですが、そ
のお店の外壁のガラス面全体に“Saxophone Colossus”のジャケットデザインを模し
た壁画が描かれていました。従って、今でも僕はこのジャケットを目にすると、かつ
て存在していた「とんぼ」というジャズ喫茶や、その店に通った若かりし頃の僕の思
い出などが走馬灯の如く懐かしく蘇ってくるのを実感してしまうのです。という訳で、
もう数少なくなってしまったモダンジャズの“生ける伝説”であるSonny Rollins氏
には、これからもまだまだ現役として活動を続けて頂きたいと切に願う次第です。
 ではまた来月、春とは言えまだまだ寒い日もありますが、皆様どうぞこの良き季節
をお楽しみ下さい。
                            (2008年4月10日 記)