「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第75回 「Corner Pocket」のマスター、有り難う!

 去る2007年7月に、西宮北口にあるジャズ喫茶「Corner Pocket」のマスターであ
られた鈴木喜一氏が逝去されました。また50代の若さでおまけに急性心筋梗塞との突
然の病魔であったため、生前に親しくして頂いていたミュージシャンや我々ファン達
の驚きと悲しみは筆舌に尽くし難いものがありました。そして、年も迫った12月に関
西学院大学のレセプションホールでマスターの追悼コンサートが営まれ、ベースの北
川潔さんなどの遠来のミュージシャンを含めた豪華なメンバー達による贅沢な演奏を
聴く事によって、僕たちは改めて在りし日のマスターの存在感の大きさを実感する次
第となりました。
 「Corner Pocket」は昭和50年(1975年)2月に、当初は「Duo」との店名で開店され
ました。同じ西宮北口には「Duo」から歩いてほんの2〜3分の阪急電車の線路沿い
の場所に、既にその約3年前から「Out Put」との名前のジャズ喫茶がオープンして
いました。良くかかるレコードの傾向として、「Out Put」はエレクトリックジャズ
やフュ−ジョンなどの新しめのジャズが主体であったのに対して、「Duo」ではより
オーソドックスなジャズが中心でしたが、「Duo」の開店によって僕達は、西宮北口
を訪れた時にはこの2軒のお店のうちのどちらに行くかをその日の気分によって選択
できるとの贅沢な環境を得る事となったのでした。左の1番上の図は、「スイングジ
ャーナル」誌の1975年11月号に掲載された「Duo」の広告です。当時、吉祥寺のジャ
ズのお店のマスター達が共同で“吉祥寺はジャズの街”とのタイトルで広告を出して
おられましたので、それに対抗して“西宮北口はジャズの村”と銘打たれたのだと推
測しますが、この広告が掲載されたのは1回きりであったにも関わらず、僕にはとて
も印象深いものでした。ただ、その後10年程で「Out Put」が店を閉められため、ジャ
ズファンにとっての良き時代はあっけなく終焉を迎える事となってしまいました。
 開店当時の「Duo」は、まだ20歳代の若きマスターと奥様(現在の“かーちゃん”)
およびマスターの妹さんの3人で店を切り盛りしておられました。僕にとって特に印
象に残っている事は、開店当時の奥様および妹さんが共にストレートのロングヘアと
スリムジーンズが似合った美人であり(特に“かーちゃん”の事を、僕はずっと栗田
ひろみに似ていると思っていたのですが、今では栗田ひろみと言っても誰にもわかっ
てもらえません)、その事が「Duo」に行く楽しみの1つだったという事です。当時の
ジャズ喫茶はほとんどのお店で会話は禁止であり、「Duo」でも御多分に漏れず話声
がうるさい場合には注意を受けるとの習わしでした。僕も1度不用意にも店内でおしゃ
べりをして妹さんから注意を受けた事があるのですが、そのような本来は恥じるべき
出来事ですらも何故か甘酸っぱい思い出として長年記憶に残っています。また、往時
のマスターのハンサム振りにも定評がありました。「Corner Pocket」の店内の壁面
には、若き日のマスターとカウント・ベイシー翁との2ショットのフォトが飾られて
いますが、後年のマスターの体形からは想像もつかないようなスマートさにはただた
だ驚くばかりです。
 その後の「Duo」では、JBLの誇る巨大なスピーカーであるパラゴンを導入したり、
カウント・ベイシーの音楽への傾倒が強くなる事を契機として、昭和58年(1983年)に
店名を「Corner Pocket」へと変更されました。平成2年(1990年)2月に行われた
「Corner Pocket」開店15周年記念スーパーセッションの盛況振りについては本コラ
ム第6回で既に述べたのですが、その5年後の平成7年(1995年)には阪神大地震によっ
てお店は壊滅的な被害を蒙られました。その結果、地震の影響によりパラゴンが思う
ように鳴らなくなったとの理由により、以降マスターは店を休業扱いにしてパラゴン
の修復に心血を注がれました。そして、7年の歳月を経て2002年にパラゴンの復活宣
言と共にお店を完全再開されましたが、以降わずか5年で病魔に倒れられたマスター
の心情を察すると、僕の心の中にも悔しさと悲しみの念が沸々とわいてくるのを感じ
てしまいます。
 学生街の香りを強く漂わせる西宮北口という街を、僕はずっと大好きでした。しか
し、西宮北口にある西宮スタジアムを本拠地としていた僕の贔屓球団であった阪急ブ
レーブスは1988年に身売りをし、西宮スタジアム自体も2年前に取り壊されてしまい
ました。ジャズに関しては、「Out Put」はとうの昔に閉店して現在跡地はマンショ
ンと化し、ジャズ喫茶が存在していた名残りすら感じられません。従って、西宮北口
の街の中で「Corner Pocket」は僕の青春時代からの思い出が充満した唯一の現存す
るスペースという事になってしまうのです。このような沢山の思い出を残してくれた
「Corner Pocket」のマスターに対して、僕は心の底から有り難う!との感謝の念を
述べると共に、願わくば“かーちゃん”達の頑張りによって、このお店が今後もずっ
と続いていくように微力ながら応援していきたいと考えています。
 ではまた来月、てっきり今年は暖冬かと思っていたら意外に寒い日々が続きますが、
皆様どうぞ寒さに負けずにお過ごし下さい。
                           (2008年2月10日 記)