「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第74回 名古屋・栄でのジャズ散策

 昨年は出張にかこつけて横浜・広島・山形といった様々な街のジャズのお店を訪れ、
本コラム上でもそれらの街のジャズ情報に関して述べてきましたが、そのトリを飾る
べく12月の中旬に名古屋を訪れる機会がありました。そこで今回も御多分に漏れず、
名古屋のジャズ事情についてお伝えしましょう。
 僕は仕事絡みで名古屋を訪れる機会は時々あるのですが、大概は日帰りというスケ
ジュールになってしまいます。だけど、今回は2泊旅行という少しゆったりとした日
程でしたので、僕は喜びいさんで名古屋の中心街である栄のホテルに予約を入れまし
た。僕は名古屋でもとりわけ栄周辺がお気に入りなのですが、そのワケは栄のテレビ
塔のすぐ横に、僕の大好きな老舗のジャズ喫茶「YURI」と、これまた負けず劣らぬ老
舗のジャズライブハウス「LOVELY」とがあるからなのです。
 「YURI」は本当にテレビ塔の真ん前に存在しています。入り口には、ピアニスト
のHampton HawesがContemporaryレーベルに吹き込んだ名盤“everybody likes
Hampton Hawes vol.3”のワニのジャケットを象った看板とサックスを吹くタヌキの
置き物とが鎮座しており、ジャズファンならば店の前に立っただけで早くもワクワク
とさせられてしまいます。この店では、カレーライス・ピラフ・チキンライス・タコ
ライス等の食事メニューも人気であり、いずれも凄いボリュームでなおかつ美味であ
るため、僕も店を訪れる度に何を食べようかなと悩んでしまいますし、休日のお昼間
などは食事メニュー目的の若者達で超満員との状況の場合も少なくありません。しか
し、店内の棚には数多くの古いレコードがひしめいており、アナログ盤だけをかけ続
けているあたりに、お店の“ジャズ喫茶としてのこだわり”をひしひしと感じます。
昨年末に僕が訪れた際にも、The Three SoundsのBlue Note盤・Sonny Rollins
のPrestige盤・The Great Jazz TrioのEast Wind盤などといった、本当にジャズらし
いジャズの雰囲気を漂わせたレコードが続けてターンテーブルの上を占めており、
“このようなセンスの良いレコードの選曲によって、店の雰囲気をより居心地の良い
ものにしているんだろうな”と僕は独りで実感してしまいました。 
 そして、その日の夜には久し振りにジャズライブハウス「LOVELY」を訪れました。
「LOVELY」の歴史に関して、お店のホームページから少し引用させて頂きまし?。
『1970年、今の栄ウォーク(かつての女子大小路)にジャズ喫茶としてオープン。レコー
ドジャズがフリーに突入したのを期にライブを手掛け始め、1976年に現在の場所に移
転し、本格的にライブを始める。(中略)ここラブリーのステージより発し、現在東京
で活躍中のスターも多い。気負わず質の良い今の音楽ライブを行なっている。』との
事ですが、実際ケイコ・リーさんや川嶋哲郎さんを始めとして、無名時代を「LOVELY」
で過ごしてやがて日本のトップジャズミュージシャンとなられた方々も数多く存在し
ておられます。
 ラッキーな事に、僕が「LOVELY」を訪れた日には、本邦男性ボーカリストの第一人
者である丸山繁雄さんがはるばる東京から来演しておられました。ジャズボーカルに
目を向けると、我が国では特にその大半が女性のボーカリストであるとの傾向が最近
ますます顕著になりつつあり、男性ボーカリストのライブを聴く事が出来る機会は滅
多にありません。その中で、人気面ではTOKUさんと小林桂さんとの若手2人が最も支
持を集めていますが、本コラムの第23回でも紹介した笈田敏夫さん亡き後は、本邦男
性ジャズボーカリスト界の大御所と言うと、まず第一にこの丸山繁雄さんの名前があ
がってくるのではないでしょうか?丸山さんは現在56歳ですが、早稲田大学在学中か
らライブ活動を開始されたとの事ですので、もう30年以上に及ぶ芸歴を有しておられ
る大ベテランです。深い情感のバラードや巧みなスキャットなどに定評があり、僕が
訪れた当夜もロマンティックでなおかつスィンギーなステージを目当てに、ライブハ
ウスとして決して狭くはない「LOVELY」の店内は、カップル客を中心にして立錐の余
地もないほどの超満員状態でした。僕も楽しいステージにすっかり魅了されてしまい、
おまけに帰りには持参した丸山さんのCD“The Vintage Songbook”(Verve)にサイン
まで頂いて、鼻唄を歌うような心地良い気分でホテルへの帰途についたとの次第だっ
たのでした。
 ではまた来月、まだまだ寒い日々が続きますが、皆様どうぞ風邪など召されぬよう
にお体に気をつけてお過ごし下さい。
                         (2008年1月10日 記)

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