「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第73回 My Favorite Tunes〜僕のお気に入り〜

 最近スイングジャーナル誌などの新譜CD紹介の頁を見ても、残念ながら心踊る作品
を以前ほど頻繁に見つけだす事が出来ません。しかし、かと言って決して魅力的な新
譜が製作されていないという訳ではなく、日本盤では発売されていない輸入盤のCDの
中にむしろ僕の感性による強くフィットする作品と遭遇する機会が多いとの現状なの
です。近年は個人レベルで比較的簡単にCDを製作する事が出来るため、多くのミュー
ジシャンが自主製作ないし超マイナーレーベルから作品を発表するようになりました。
ところが厄介な事に、そんなCD群の中に素晴らしい作品が埋もれている場合が少なか
らず存在するため、ジャズファン達は必死で情報収集を行なわざるを得ないとの喜ば
しい(?)状況となっています。
 それともう一つ、最近は僕自身のCDの購入方法にかなり変化が生じつつあります。
以前だったら、例えば僕のお気に入りのミュージシャンの新譜が発売された時には、
僕は迷わずその作品を手に取り、裏面をチェックする事もなくレジへ一目散との状態
でした。しかし近頃はCDの購入に際して、“ミュージシャン買い”ではなく“曲買い”
をするとの傾向が強くなり、CDジャケットの裏面を丹念にチェックしてその中に僕の
お気に入りの曲が入っていた場合には、たとえそれが知らないミュージシャンの作品
であったとしても購入に走ってしまうとのケースが増えつつあるようです。
 そのような状況の中で、最近僕が“買って良かった〜”と感涙モノであった1枚
のCDを御紹介しましょう。それは、恐らく誰も御存知ないであろうFrank Stagnitta
という名前のピアニストのトリオによる“All the Best”(Spider Records)という作
品なのです。僕にこの作品の存在を教えてくれたのは、2006年9月に発売された「ジャ
ズ批評 133号 ピアノトリオ最前線2006」との特集号だったのです(一体僕はこの本
にどれだけお世話になった事でしょう…。この本を参考にして、実に沢山のCDを購入
する結果となりました。)が、本書からディスクユニオン新宿ジャズ館の羽根智敬さ
んによる本CDの紹介文の一部を抜粋してみましょう。“この見事な選曲に心底参って
いる。まるでジャズ喫茶のベテラン皿回しのようではないか。モブレー、クレア・フ
ィッシャー、フレディ・レッド、コルトレーン、ブルーベック。モダンジャズのB級
名曲がずらりと並ぶ。(中略)「Hank`s Tune?」何だっけこれ?いいなぁ。こんない
い曲だったっけ? と思わせてしまう瞬間の連続にハードバップファンなら大興奮し
てもらえると思う。”どうですか?こんな文章を読んだら、もう直ちにCDショップに
走らない訳には行かないでしょう?その結果、この作品はここ1年間の僕の最もお気
に入りCDの1枚になると共に、Hank Mobley作の「Hank`s Tune」という曲もまたMy
Favorite Tunesのうちの1曲に位置付けられる事となった次第です。そうなるとまた、
Hank Mobley自身によるこの曲のオリジナル演奏を聴きたくなってきます。というよ
うな経路により彼のディスコグラフィーをひも解いてみると、1956年に録音され
たHorace Silverの“Silver`s Blue”(Epic)という作品の中に、この魅力的な小品が
収められているのを発見したのでした。
 また、それ以外での最近のMy Favorite Tuneとして、ピアニストのKenny Barronの
ペンに成る“Tragic Magic”という曲が挙げられます。僕にこの曲の存在を教えてく
れたのは関西在住のピアニストの高橋俊男さんであり、僕が金曜日の夜に通う神戸三
ノ宮のJazz Bar「グッドマン」では、高橋さんの出演日にはこの曲はリクエストの多
い人気曲となっています。Kenny Barron自身によるこの曲のオリジナル演奏は、ベー
シストのSam Jonesのリーダーアルバムである“The Bassist!”(Interplay)という
作品に含まれていますが、上記の「ジャズ批評 133号」中でも、Bobby Westというピ
アニストの“Hip Prophecy”(自主製作)というCD中にこの曲が収録されている事が紹
介されており、それを発見した僕は大喜びで この作品もまた購入してしまいました。
 そして、これは既にすっかり有名曲ですが、テーマ部分に独特の哀愁的なメロディ
ラインを有したHorace Silver作の“Nica`s Dream”という曲もまた僕のMy Favorite
Tunesの1曲です。この曲は人気曲ゆえにこれまでに多くの吹き込みがなされてきま
したが、近年でも「ジャズ批評 133号」にも紹介されていたJohnny Caseというピア
ニストの“Waiting for the Moment”(Sea Breeze)やJon Mayerの“So Many Stars”
(Reservoir)などといったCDにも収録されており、僕はこの曲が含まれているのを見
つけただけですっかりそのCDが欲しくなってしまいます。
 このように、特定の比較的マイナーな曲を見つけだして好きになり、CDを“曲で買
う”というパターンの購入方法は、最近の僕にとってジャズのさらなる楽しみを見い
出す新たな手段となりつつある訳なのです。
 ではまた来月、今年は暖冬だろうと思い込んでいたところ予想外に寒い日々が続き
ますが、皆様どうぞ寒さに負けずにお過ごし下さい。
                            (2007年12月10日 記)