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「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第70回 広島流川「サテンド−ル」の夜
今年の7月末には、久し振りに広島を訪れる機会がありました。僕が広島の街に行
くのはほぼ10年振りくらいになるのですが、僕は広島を訪れる事をとても楽しみにし
ていたのです。その最大の理由は、広島の繁華街である流川という一角に「サテンド
−ル」という名前のとても魅力的なジャズバーが存在しているからだったのです。
約10年近く前に初めて「サテンド−ル」を訪れた際の記憶は、今でも鮮明に覚えて
います。お店の入り口のネオン看板には、かつてESPレーベルから復刻されたBud
Powellの「Birdland 1953;Winter Sessions〜Spring Sessions」のアナログLPのジャ
ケットのイラストが描かれており、そのマニアックさだけでもう期待感で頭がクラク
ラとなりそうでしたが、店内に一歩足を踏み入れるや否や僕は直ちに深い感動を得る
事となりました。薄暗い店内は漆黒調のウッディな造りから成り、カウンターの裏側
には数多くのアナログレコードがCDが処狭しと並べられており、奥にはJBL4343がどっ
しりと鎮座するその光景は、まさしく往年のジャズ喫茶を彷佛とさせるとしか言いよ
うのないものだったからです。
当夜にはもうひとつ、僕の記憶に残る出来事がありました。僕が店内にいた間に新
しいCDへと変わり、突然店内にハードバップの2管演奏が響きわたりました。どこか
で聴いたような懐かしい雰囲気の演奏なのですが、さて本当に過去に聴いた事がある
ものかどうか定かではありません。ところがその曲が終わると、次にはギタートリオ
による演奏へと変わってしまい、結局そのCDは2管編成のクインテットによる演奏と
ギタートリオの演奏とが交互に繰り返されるというスタイルのものだったのです。そ
のような演奏スタイルのレコードないしCDはこれまで僕の記憶にはなく、少なくとも
僕はそのようなソフトは所有していないはずです。そうなると、僕はもういてもたっ
てもいられません。カウンター内のマスターの下に近づいて、今演奏されているCDに
関して教えて頂きました。その時にマスターが見せて下さったジャケットは、「The
Left Bank of New York/Jimmy Gourley」(Uptown)との作品であり、今まで全く見た
事のないものであるばかりか、僕はその時までにJimmy Gourleyという名前のギタリ
ストの存在すら知りませんでした。しかし、この CDにすっかり惚れ込んだ僕は、地
元へ帰った後何とかしてこのCDを購入しようと懸命に捜しまわりました。ところが、
約10年前は未だインターネットで簡単に検索する事などは不可能な時代でしたので、
あちらこちらとCDショップを廻って苦労の末にようやく見つけ出す事ができたのでし
た。かくなる経緯で、この作品は僕にとって記憶に残る思い出の1枚となった次第だっ
たのです。
Jimmy Gourleyは1926年にアメリカミズリ−州セントルイスの生まれですが、1951
年にパリに渡り、以降の人生の大半をフランスで過ごしたとのキャリアのミュージシャ
ンだそうです。この「The Left Bank of New York」という作品は1986年の吹き込み
ですが、Don Sickler(Tp)・Ralph Moore(Ts)を初めとするアメリカ在住の自分の息子
のような世代のジャズメンとの共演の結果生まれた作品であり、“サン・ジェルマン
のエスプリに満ちた感覚と若き伝統派達の見事なコンビネーションによって完成した
秀作”(ジャズ批評第95号から引用)との高い評価を得ています。
さて今回、仕事が終わるや否や期待に胸を膨らませながら僕は「サテンド−ル」へ
と向かいました。約10年振りの「サテンド−ル」は、2台のJBL4343の間に以前にはな
かった大型プラズマモニターが設置されていましたが、それ以外は何ら変わる事な
くBud Powellのジャケットの看板と共に僕を迎えてくれました。ジャズ喫茶やジャズ
バー不遇の時代の中で、この“変わらない”という事が如何に貴重かという事を実感
しつつ、安堵の念とと共に飲み干したジントニックの旨さが格別であった事は勿論言
うまでもありません。
広島では、2年後には新球場が建設される事が予定されています。「サテンド−ル」
という素晴らしいジャズバーに加えて、天然芝の屋外型の美しいスタジアムが完成し
たあかつきには、もしかすると広島という街は“野球&ジャズ命”の僕の心を魅了し
て離さないものになっているかも知れません。
ではまた来月、まだまだ残暑厳しい日々ですが皆様どうぞ夏バテせぬようにお体に
気をつけて下さい。
(2007年9月10日 記)
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