「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第69回 Nathan DavisのCDを見つけたぞ!

 今回の話もまた、前回と同じく6月の横浜出張がきっかけでした。これまでに幾度
となく述べてきましたが、僕が東京や横浜といった大都市へと出張した際の行動パター
ンは、夜にはジャズライブかプロ野球観戦、そして昼間に空き時間が生じた場合には
ジャズ喫茶かレコード探しと相場が決まっています。6月の横浜出張の際にも仕事帰
りの新幹線の時間までに少し余裕があったため、僕の足は早速「ディスクユニオン」
横浜関内店へと向かいました。しかし、この事もまた以前に書きましたように、最近
の僕はコレクションを始めた当初ほど“あれも欲しい、これも欲しい”病状態には達
せず、下手をすると折角レコード屋まで足を運びながら結局何も買わずに帰ってくる
事もしばしばなのです。この日も、まずはアナログレコードから丹念にチェックした
もののめぼしい収穫を見つける事ができず、帰ろうかなと思ったまさしくその時に、
壁にかかった新入荷CD棚の「Peace Treaty/Nathan Davis」(SFP)という作品を発見
したのでした。
 Nathan Davisという名前のテナーサックス奏者は、僕にとって以前から、良くは知
らないもののずっと気になるといった存在のミュージシャンだったのです。その理由
としては、本コラム第3回で紹介したDusko Goykovichというトランペッターとの関
係が挙げられます。Dusko Goykovichは1990年代後半に日本でも人気がブレークして
数多くのリーダーアルバムが発売されましたが、それ以前には知る人ぞ知るヨーロッ
パのマニアックなトランペッターに過ぎない存在だったのです。そんな中で、日本の
ディスクユニオンは1987年8月という彼がまだまだマイナーな存在だった時期に、敢
然とKenny Drew(p)トリオをバックに従えた「Celebration/Dusko Goykovich
Quartet」(DIW)という作品の吹き込みを行なったのでした。さらにそれに加えてもう
1枚、この吹き込みの前日にDusko GoykovichとKenny Drew(p)トリオとをサイドメン
としたNathan Davisのリーダーアルバム「London by Night/Nathan Davis Quintet」
(DIW)という作品までもを収録していたのです。そのような次第で、僕はNathan
Davisとの名前のサックス奏者を知る事となりましたが、1991年3月発行の「ジャズ
批評71号 テナーサックス特集」によると、Nathan Davisが知られざる存在であった
のは、アメリカ人でありながら活動の本拠地をフランスを中心とした欧州においてい
たからだとの事です。しかも、“アメリカの黒人ミュージシャンが音楽的な新天地や
生活の安らぎを求めて渡欧することには昔も現在も多くの例が見受けられる”が彼
の場合には音楽性を確立したミュージシャンが渡欧するのとは異なって、アメリカで
のミュージシャンとしての実績のないまま“軍隊の一員として渡独し、除隊後もその
ままヨーロッパにとどまり、プロの演奏活動をはじめた”とのユニークな経歴だった
そうです。そして、この紹介文の中で、彼の代表作として「London by Night」と共
に、今回僕が見つけた「Peace Treaty」が掲載されていたのでした。このような経緯
で、今まで実物を見た事はなかったものの、僕は「Peace Treaty」というレコードの
存在とジャケットデザインを記憶していたため、喜び諌んで早速この復刻CDを購入の
上、帰途に着く事となりました。
 僕は、これまでにNathan Davisの作品としては「London by Night」以外にもう1
枚、SABAレーベルから吹き込まれた「The Hip Walk」というレコードを所有していま
した。奇しくも「Peace Treaty」・「The Hip Walk」共に1965年録音の作品ですが、
どちらもハードバップ最後期の“如何にもモダンジャズだなあ”との雰囲気を色濃く
有したものです。僕は果たしてこれらのレコードを往年のジャズ喫茶で聴いた事があっ
たのか否か記憶がありませんが、本コラム第62回のClifford Jordan「In The World」
の項で述べたのと同様に、かつての熱かった“ジャズ喫茶”という空間の雰囲気をき
わめて良く具現した作品だと思います。とりわけ「Peace Treaty」では、Nathan
Davisのテナーサックス以外にWoody Shawのトランペット・Jean-Louis Chautempsの
バリトンサックスとの低音域楽器を主体とした分厚い3管編成のフロントから構成さ
れており、その厚いサウンドから成るアンサンブルを耳にすると感動で武者震いしそ
うになってしまいます。そしてそれと共に、僕は“まだまだ僕の知らない名盤も存在
しているんだなあ”とレコード収集に対する新たな意欲が沸いてくるのを感じる次第
となりました。こうして、ますますジャズの泥沼の深みへとハマっていくのでしょう
ね。
 ではまた来月、いよいよ猛暑到来となりましたが、暑さに負けず皆様どうぞお元気
でお過ごし下さい。
                            (2007年8月10日 記)