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「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第68回 頑張れ“きばやん”!
6月の上旬に、僕はまた横浜出張の機会を得る事ができました。本コラムの第15回
で既に述べましたが、横浜という街は特に桜木町〜関内辺りを中心にしてジャズのお
店が密集していますので、僕は横浜出張が大好きなのです。ただとても悲しい事に、
本コラム第15回で紹介した日本最古のジャズ喫茶「ちぐさ」は、野毛地域再開発のあ
おりを喰って73年の歴史に終止符を打ち、今年の1月末限りで閉店してしまいました。
僕はこの知らせを聞いて、今年の春に横浜を訪れた際に「ちぐさ」があった場所へと
足を運んでみたのですが、早くも建物は既に取り壊されて更地となっており、物悲し
い気分を感じる次第となったのでした。また、同じく第15回で紹介した「Bitter
Sweet」というジャズ喫茶も2005年10月に閉店してしまいましたが、ここは程なくし
て全く同じ場所にほとんど雰囲気も変わる事なく「Adlib」という名前のジャズ喫茶
がオープンするとの奇跡的な出来事が起こり、ジャズファンを喜ばせてくれました。
さて出張が決まると、早速僕は常に当地のジャズライブハウスのスケジュールのチ
ェックに入ります。今回も例に漏れず、色々な店のライブスケジュールを検索してい
たところ、これまた本コラム第15回で紹介した関内の「Jazz Is」というお店で、ま
さしく僕が横浜に宿泊するその夜に鈴木央紹(Ts)〜木畑晴哉(P)Duoとの神様のお恵み
のようなライブを発見し、思わず小躍りしてしまいました。数年来、関西で活躍して
いた若い有能なジャズミュージシャン達が活動の中心を東京へと移すとの事態が相次
いでおり、僕のホームグラウンドである神戸三ノ宮の「グッドマン」で活躍しておら
れた河村英樹さん(Ts)や加納樹麻さん(Ds)などはすでに東京でバリバリ活動しておら
れます。そしてこの日の出演の2人も共に、かつては「グッドマン」を始めとする関
西のライブハウスで活動しておられ、最近東京へと進出された新進気鋭のミュージシャ
ンなのです。
とりわけピアノの“きばやん”こと木畑晴哉君からは、これまでに僕は多くの感動
を与えてもらい続けてきました。初めて僕が彼の演奏を耳にしたのは2002年夏、本コ
ラムの第30回でも紹介した、かつて服部緑地野外音楽堂で催されていた「グリーンシ
アタージャズフェスティバル」での事でした。その時の木畑君はいわゆる前座的な扱
いであり、少し遅れていった僕は数分間しか彼のピアノを聴けなかったのですが、そ
れでも彼の演奏からは通常の若手の演奏とは異なる、熱い“何か”が伝わってきたの
でした。そして、「グッドマン」のマスターに対して彼の出演を懇願し、翌年には念
願が実現する事となりましたが、その後今日に至るまでのきばやんの目覚ましい成長
振りにはただただ目を見張るばかりです。彼のピアノプレイはその若さのなせる技か
きわめてフレキシブルなものであり、伝統に根ざしたバップ的な演奏をしたかと思え
ばモーダルなスタイルへ変貌したり、はたまたリリカルなきわめて美しいフレーズを
楽しませてくれたりと、枠にハマらないその多様なスタイルには舌を巻くしかありま
せん。
まだまだ彼らは関東では有名ミュージシャンとは言えないようで、残念ながら当日
の「Jazz Is」の客の入りはそれ程多くはありませんでした。しかし、そんな事には
お構いなしの2人の全力投球による熱いライブに対して、僕はしみじみとした深い感
動を得る事となりました。その上、まさしく時を合わせたかのように、きばやんの初
リーダーアルバムである「Gray Dawn」(Lyra Records)というCDが発売された直後で
あり、僕もその場で購入させて頂きました。その後、家に戻って以降このCDを繰り返
して聴いていますが、大変完成度の高い作品だと感服するばかりです。僕の好きなジャ
ズメンオリジナル曲も、McCoy Tyner作の“Inception”とWayne Shorter作の“Black
Nile”とのモーダルな2作品が収録されており、最後は彼が大好きな沖縄の印象を綴っ
た美しいオリジナル曲“波照間”で終わるなど、その構成も見事としか言いようがあ
りません。
僕は、近い将来きばやんは日本を代表するような偉大なジャズピアニストになるだ
ろうと信じています。このような“谷町”的な事を述べるのは、もしかしたら僕が年
を取った証なのかも知れませんが、好漢きばやんの今後のさらなる成長をずっと見守っ
ていきたいと考えています。
ではまた来月、そろそろ夏の到来を思わせる日々が続きますが、皆様どうぞ暑さに
負けずにお過ごし下さい。
(2007年7月10日 記)
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