「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第67回 Wes Montgomeryを聴きたい!

 去る4月上旬に、僕が日本一のハードバップバンドであると信じて疑わない小林陽
一&Good Fellasの西日本ツアーの神戸でのライブが行なわれ、僕も喜び勇んで会場
であるカフェ「萬屋宗兵衛」へと出かけました。小林陽一&Good Fellasに関しては
本コラム第45 回でも紹介しましたが、常に変わらぬ2管編成での熱いハードバップ
ジャズを聴かせてくれるバンドであり、僕はいつも大熱狂への渦へと巻き込まれてし
まいます。とりわけ今回は、僕が大好きなハードバップ名曲であるWes Montgomeryの
ペンになる“S.O.S.”がレパートリ−に加えられており、魅力的なメロディのテーマ
部分に巧みなアレンジが施されていたため、嫌が上にも僕のテンションは上がりっ放
し状態となりました。
 僕が、ジャズメンオリジナルのハードバップ名曲が大好きだという事は本コラム
第36回のDanny D`imperioの項で述べましたし、また第64回で触れたHank Mobleyの
“This I Dig of You”なども典型的なジャズメンオリジナルの名曲に挙げられると
思います。そして、Wes Montgomeryの最大の名盤であるRiverside盤「Full House」
のB面の最後を飾る“S.O.S.”という曲もまた、間違いなくジャズメンオリジナル名
曲の1つとして数えられる事でしょう。Wes Montgomeryのギターに、Johnny Griffin
のテナーサックスおよびWynton Kellyのピアノによる火の出るような掛け合いは、聴
いているとまるでヤケドしてしまいそうな程熱いものです。
 話は変わって私事となりますが、僕の息子も今年大学入学を迎えました。親バカ丸
出しで、僕もはるばる東京まで出向いて息子の大学入学式に出席したのですが、そこ
で数多くのフレッシュな装いの新入生達を眺めていると、自分自身の大学入学の頃の
思い出があたかも昨日の事のように懐かしく蘇ってくるのを感じました。数えると今
からもう33年も前になってしまうのですが、僕の場合には京都の大学に入学したため、
平日は下宿で過ごし週末になると西宮の自宅に戻るというパターンの生活を始める事
となりました。入学式を終え、新鮮で希望に満ち溢れた1週間を過ごした後、最初の
帰省となる週末の土曜日の午後の帰り道に、当時河原町三条にあった「ビッグボーイ」
というジャズ喫茶に立ち寄る事にしました。僕はジャズ喫茶にはおそらくこれまでに
何百回か、もしかしたら千回以上も訪れていますが、ほとんどの場合にはその際にど
んな曲を聴いたかとかどの席に坐ったとかに関して全く記憶が残っていません。しか
し不思議な事に、例えば本コラム第50回で触れた神戸三ノ宮のジャズ喫茶の場合など
を含めて、数十年経った今でもその際の情景が鮮明に脳裏に焼き付いているジャズ喫
茶の思い出が数回あるのです。そして、この日の「ビッグボーイ」での光景もまた僕
は今だにはっきりと記憶しており、たった一つだけ空いていたカウンター席に腰掛け
た僕は、Wes Montgomeryの「Full House」をリクエストして聴かせて頂いたのでした。
多分この素晴らしい掛け合いを聴きながら、これから始まる大学生活に対する希望で
胸を膨らませていた事でしょうが、今から考えるとこの頃が僕の人生の最も良き時代
であったのかも知れません。
 さてWes Montgomeryに関しては、彼独特のオクターブ奏法という弾き方は果たして
どのような指使いで演奏されているのかという点について、長い間謎とされてきまし
た。ところが1990年代後半に、1965年3月の彼のカルテットのヨーロッパツアーでの
映像が、「Jazz 625」(ロンドンでのライブ)および「At Jazz Prisma」(ベルギーで
のライブ)として相次いでビデオで発売される事となり、この結果彼の奏法の全貌が
ようやく明らかになったのでした。当時センセーションを巻き起こしたこれらのビデ
オはいずれも現在では絶版となっていましたが、嬉しい事に最近、先月ご紹介した
「Impro-Jazz」からこれらの2つのライブをまとめてカップリングした「Wes
Montgomery in Europe 1965」との作品が発売されるに至りました。このDVD中では残
念ながら“S.O.S.”は演奏されていませんが、“Jingles”・“Full House”・
“West Coast Blues”などといった、優れた作曲家として知られるWesのペンから成
る他のオリジナル曲が収録されています。このDVDを観て、Wes Montgmeryのオリジナ
ル曲の素晴らしさを実感するという事もまた新たな楽しい聴き方かも知れません。
 ではまた来月、そろそろ梅雨入りとなりますが、皆様どうぞ湿気に負けずにお元気
でお過ごし下さい。
                            (2007年6月10日 記)