「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第65回 関根敏行さんって一体どんな人?

 僕が、ジャズを好きになってレコードを集めだした1972年には既に“幻の名盤ブー
ム”というものが始まっていました。主に1950年代前半に吹き込まれ、その頃にはも
うとっくに廃盤になっていたレコードを発掘しては日本盤で発売するとの企画の事で
すが、中でもスイングジャーナル誌によってゴールドディスクと冠されたレコードに
は大変な反響がありました。僕も、まだジャズ初心者でベーシックコレクションすら
も知らないくせに、これらのレコードが発売されるやレコード店へと走ったものでし
た。しかし、往時は随分古いレコードを購入しているような気分になっていましたが、
今から思い返すとその時代というのはこれらの作品が吹き込まれてまだ20年も経過し
ていなかった訳ですよね。
 その後、アメリカ盤のめぼしいレコードはあらかた発売されてしまい、コレクター
達の興味の対象は
ヨーロッパ盤へと移りました。しかし、そのヨーロッパ盤もほとんど知られる処とな
り、いよいよ“幻の名盤ブーム”も終止符が打たれるかという感になりましたが、意
外なところに盲点があったのでした。それが、本コラム第57回でも紹介した「昭和ジャ
ズ復刻シリーズ」であり、現在ディスクユニオンの企画により邦人ジャズメン達によ
る知られざるレコード達が次々とCD復刻されつつあります。当初は、白木秀雄さんや
渡辺貞夫さんといったビッグネームミュージシャンの無名盤が復刻されていましたが、
ここに至ってよりディープなその存在すら全く知られていなかったレコードまでもが
発売されるようになってきました。
 2月のとある休日、僕はぶらりと神戸三ノ宮のCDショップを訪れましたが、その日
は特にお目当ての買い物がある訳ではありませんでした。そんな僕の目にとまったの
が、このシリーズの一環として発売された関根敏行さんというピアニストの2枚のCD、
すなわち1976年発売の佐々木秀人(tp)+関根敏行(p)カルテットによる“Stop Over”
および1978年録音の関根敏行(p)トリオによる“Strode Road”だったのでした。通常、
どんな内容なのか判らないレコートやCDを購入するという行為はかなり勇気のいる事
です。ただその日の僕は、それ以外に特に購入したい作品がなかった事と、CDの帯に
書かれた“オリジナル作品は限定200枚しかプレスされなかった入手困難なレコード
であったために、ピアノトリオファンの間で最もCD化が望まれていた作品”とのコメ
ントに魅せられて、清水の舞台から飛び下りる気分でこの2枚の作品を購入したので
した。ところが、家に帰ってまず“Strode Road”を聴いた僕は、その内容の余りの
素晴らしさにぶったまげてしまいました。Sonny Rollinsの大名盤“Saxophone
Colossus”のA面の3曲目に収録されている「Strode Rode?すっかりモーダルな曲
へと変身して、冒頭からいきなり飛び出してきたのです。疾走するシングルトーンの
アドリブの小気味良さといったら、とても筆舌に尽くせるものではありません。その
後も、Freddie Hubbardの「Up Jumped Spring」とかDexter Gordonの「Dexterity」
といったジャズファンの琴線に触れるるような曲のオンパレードであり、その日の僕
はこの2枚のCDを幾度も幾度も繰り返して聴く事となりました。
 関根敏行さんの略歴を「ジャズ批評131号 和ジャズ1970-90」から引用してみましょ
う。「1955年1月10日東京生まれ。16才頃より独学でジャズピアノを始め、セルジオ・
メンデス、バド・パウエル、ウイントン・ケリー、ビル・エバンス、フィニアス・ニ
ューボーン、ハービー・ハンコック、ジョアン・ジルベルト等に影響を受けている。
1985年に演奏活動は引退するが、2002年より演奏活動を再開。」との経歴の方です。
僕は今回まで関根敏行さんのピアノプレイ自体について全く知りませんでしたが、西
宮北口にある老舗ジャズ喫茶の「Corner Pocket」のお蔭で、そのお名前をかろうじ
て記憶していたのです。と言うのは、今年で開店33年目となる「Corner Pocket」で
は、開店当初より同店でライブ演奏を行なったプロミュージシャン達に店内の壁面に
サインを書いてもらっておられるのですが、昔から店内の結構目立つ場所に関根さん
のサインがあり、僕はずっと“関根さんって一体どんな人?”との疑問の念を抱いて
いたのでした。今回改めて、マスターに対して関根さんについて尋ねてみたところ、
まさしく「Strode Rode」が吹き込まれた1978年頃にベーシストの河上修さんのグルー
プの一員として「Corner Pocket」で演奏されたとの事であり、関根さんがサイドメ
ンとして加わられた河上修さんのレコードを見せて下さいました。
 僕は結局、若かりし日にリアルタイムで関根さんの演奏を聴く事はできませんでし
た。しかし、関根さんと僕とは同年の生まれであり、これらの2枚のCDが吹き込まれ
た時期が僕自身の青春時代とも合致する事で、何だかとても懐かしい気分になってし
まいます。ただ、僕の心の中ではどうしても、“どうしてこんなに素晴らしいピアニ
ストが、その後ビッグネームになる事なく時が過ぎてしまったんだろう”との疑問を
払拭する事が出来ないのですが、結局ジャズの世界はまだまだ奥が深いという事なの
でしょうね。
 ではまた来月、皆様どうぞこの春の素晴らしい季節を存分にお楽しみ下さい。
                            (2007年4月10日 記)