「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第63回 魅惑のGene Kelly

 本当に良い時代になったものです。という事を実感したのは、昨年末に僕の家の近
くにある阪神西宮駅のショッピングセンターに出かけた時の事でした。年の瀬で慌た
だしく賑わうショッピングセンターの入り口前を通りかかったところ、CDとDVDの店
がワゴンスタイルで出店されていました。“どうせまた演歌か歌謡曲のCDの安売りだ
ろう”と思って通り過ぎようとしたところ、「ジャズDVD」という張り紙の文字が僕
の目に飛び込んできたのです。あわてて覗いてみたところ、かつてはかなりの高価で
販売されていた正規の映像が何と税込み980円との価格で販売されているではありま
せんか!色々捜しまわった挙げ句、Nat King ColeとDuke Ellington〜Lionel
Hamptonのいずれも1950年代前半の古い映像のDVD2枚を購入する事にしました。さら
についでに隣のワゴンを覗いてみると、シネマクラシックシリーズと称した古い外国
映画のDVDが何と200作以上も、さらに安い税込み500円との信じられない価格で売ら
れていたのでした。そこには僕がかつて大ファンで、映画館で彼の作品の特集が組ま
れた時なんぞにはいそいそと足を運んだGene Kellyのハリウッドミュージカル作品も
含まれており、僕は「錨を上げて」(1945年作)・「私を野球につれてって」(1949年
作)・「踊る大紐育」(1949年作)・「雨に唄えば」(1952年作)と彼の作品ばかりを4
本まとめて購入しました。結局まとめて4000円近い臨時出費となりましたが、その日
の僕は何だかとても得をしたような明るい気分で帰途につく事ができ、その結果今年
の僕のお正月はGene Kelly三昧となったのでした。
 僕が“古き良きアメリカ”に対して強い憧れの念を抱いているという事は本コラム
の第49回で既に述べましたが、Gene Kellyは僕にとってまさしくその“古き良きアメ
リカ”の象徴的な存在と言えるでしょう。一応彼のプロフィールを紹介しておきます
と、『Gene Kellyは1912年アメリカペンシルバニア州の生まれ。1938年からブロード
ウエーでダンサーをしていたが、1941年にMGM入りをし1942年に映画デビュー。以
降Fred Astaireと共にMGMの二枚看板として活躍し、数多くのMGMの作品に主演しハリ
ウッドの黄金時代を築いた。さらに、監督や脚本もこなすマルチな才能も発揮。Fred
Astaireの華麗で洗練されたダンスとは対照的に、Gene Kellyのダンスはドロくさい
けれど躍動感に溢れた素晴らしいスタイルのものであり、常に新しいスタイルのダン
スで観客を魅了し続けた。1996年に83歳で没。』との経歴の方です。またGene Kelly
はFrank Sinatraとのコンビでも有名であり、僕が今回購入した4枚のDVD中でも「錨
を上げて」・「私を野球につれてって」・「踊る大紐育」の3作ではいずれも
がFrank Sinatraとの共演による作品であり、若き日のSinatraをたっぷりと観る事が
できるのも魅力的です。ただGene Kellyは歌に関しては余り自信がなかったとの事で
あり、2人のコンビに関しても当時、踊りの上手いGene Kellyと歌の上手いFrank
Sinatraと評価されていたようです。僕はGene Kellyが主演した「雨に唄えば」と
「巴里のアメリカ人」とのコンピのサントラ盤CDを所有していますが、このような作
品を除くと恐らく彼のボーカルレコードたるものは存在していないのではないかと思
います。この点については、Bing CrosbyやFred Astaireなどの当時のハリウッドミュー
ジカルスターの先輩達がDeccaやVerveなどのジャズレーベルから多くのレコードを発
表していた事と比較すると、いささか意外な気がします。
 と、このような事をだらだらと書き綴っていると、“何だ、今回の話は。ミュージ
カル映画の話題ばっかりで肝心のジャズの話がちっとも出てこないじゃないか!”と
のお叱りを受けそうです。しかし、現在ジャズのスタンダードと評価されている曲の
うちのかなりの比率のものは、古いミュージカルに挿入されていたものなのです。今
回取り上げた作品の中でも、たとえば「雨に唄えば」の主題曲などは決して超スタン
ダード曲ではないものの時にはジャズミュージシャンによっても採りあげられており、
実際この曲をアルバムタイトルとした“Singin` in the Rain/Roger Kellaway”(All
Art)等というレコードも発売されていました。特に当時のアメリカでは、恐らくジャ
ズもミュージカルも垣根なしにすべてポピュラー音楽という範疇の中で捉えられてい
たのではないでしょうか。
 ではまた来月、暖冬とは言え朝晩はまだまだ冷え込みますので、皆様どうぞお体に
気をつけて下さい。
                            (2007年2月10日 記)