「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第61回 シカゴ派のピアニスト達を聴いてみよう

 日本のジャズファンは特にピアノトリオ好きだそうで、今年の9月に発売された
「ジャズ批評」誌のピアノトリオ特集を読んでいたところ、ピアノトリオ特集を組む
と売れ行きが良くて完売してしまうとの内輪話が披露されていました。この僕も御多
分に漏れず、ピアノトリオが大好きです。ところが、ある程度長い間ジャズを聴き続
けていると、ひとかどの有名どころのピアニストはすっかり聴き尽くしたような気分
になり、自分だけが秘かに愛するピアニストを探し求めたいとの欲望が沸き上がって
きます。こうして、底なしのB級C級ジャズミュージシャンおよびジャズレコード探し
の道にハマっていくという訳なのです。
 今年の初春に、本コラムの第6回でご紹介した僕が日本一のハードバップピアニス
トとして惚れ込んでいる吉岡秀晃氏を神戸にお招きしました。その際に、2日間に及
ぶライブの合間に我が家までお越し頂き、お茶を飲みながらあれこれとお話しをする
機会がありました。まず、吉岡さん自身のフェバリットピアニストについて尋ねたと
ころ、Red Garland・Phineas Newborn Jr・Gene Harris・Ahmad Jamalなどの名前を
挙げられました。その後に、“何かレコードでもかけましょうか?”と申し上げたと
ころ、“じゃあ、シカゴのピアニストのレコードを聴かせてもらえませんか”との予
想外な返事があり、その上“できたらJohn YoungかJohn Wrightが聴きたいなあ”と
の追い討ちをかけるような申し出に、僕はすっかり仰天してしまいました。あわてて
レコード棚を探したところ、John YoungおよびJohn Wright共に数枚ずつのレコード
が見つかり、吉岡さんと一緒につかの間のリスニングタイムを楽しむ事ができました。
 シカゴ派のピアニストと言うと、Ramsey Lewisおよび本コラム第33回で述べ
たAhmad Jamal辺りが代表格であり、その他Norman SimmonsやChris Andersonなども
シカゴ派ピアニストと呼べるでしょう。しかし、John Young・John Wrightとなると
ジャズピアノフリークにとってもかなりの秘境であり、僕自身もレコードは所有して
いたものの恥ずかしながら余り聴いた記憶がないといった状況でした。その後僕も、
この出来事をきっかけにしてJohn YoungとJohn Wrightのレコードを聴き込んでみま
したが、それぞれに独特の良い味があり結構クセになってしまいそうです。
 John Youngは1922年の生まれ。1940年代にシカゴのビッグバンドのピアニストとし
て頭角を現わし、1950年代から60年代にかけて自己のトリオを率いて地元のクラブを
中心にして活躍したとの経歴のピアニストです。1960年代前半に、いずれもシカゴの
レコード会社であるArgo・Vee JayおよびDermarkに合計5枚の作品を吹き込んでいま
す。どの作品も驚かされるような大作ではないものの、いずれも一定のレベルを保っ
た良品と言えるでしょう。ここでは、「A Touch of Pepper」(Argo)、「Opus de
Funk」(Vee Jay)、「The John Young Trio」(Dermark)を推薦作として掲載しておき
ます。
 一方、John Wrightは1934年の生まれ。幼少時に移り住んだシカゴで数多くのブルー
スミュージシャンとの共演によって腕を磨いた後、1960年前後にニューヨークに進出
したとの事です。そのため、1960年代前半に吹き込まれた5枚ある彼のリーダーアル
バムはいずれもニューヨークのレコード会社であるプレスティッジから発売されたも
のです。しかし、彼の経歴を鑑みるとまぎれもなくシカゴ派のピアニストと呼ぶ事が
できるでしょう。僕が初めて彼の名前を知ったのは、1986年に発売された「ジャズ批
評」誌53号の“これがジャズピアノだ”という特集によってでした。その中で“売り
出しそこねたガーランド John Wright”とのタイトルと共に2ページにわたる彼の
紹介文が掲載されていました。確かに、John WrightのスタイルはRed Garlandと極め
て近しいものがあります。大ピアニストとなったRed Garlandに対してJohn Wrightは
数年後にはジャズシーンから姿を消す事となってしまいましたが、実力的にはさほど
遜色があるとは思えず、売れるか売れないかという問題点に関しては実力以外の様々
な要因が存在しているんだなあと実感せざるを得ません。ここでは、「South Side
Soul」・「Nice`n`tasty」・「Mr Soul」(いずれもPrestige)のジャケットをご紹介
しておきます。
 シカゴ派ピアノは洗練されたものではありませんが、ブルース色が強くア−シーで
あるとの特徴があります。先に述べたようなB級C級のジャズピアノをお探しの方々に
とっては、恐らくシカゴ派のピアニスト達は魅力満点でしょう。どうです、貴方も早
速シカゴ派のピアニストのレコードを探してみて下さい。そうすると、ますますジャ
ズ秘境の泥沼から抜けだせなくなる事間違いないでしょう。
 ではまた来月、ノロウイルス感染症が流行している様ですが、皆様どうぞお体に気
をつけて年の瀬をお過ごし下さい。
                            (2006年12月10日 記)