「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第60回 北国の名ピアニスト福居 良さん

 今月もまた、先月に続いて札幌旅行記に関する話をお届けします。昼間に2軒のジャ
ズ喫茶を廻った後、夜がふけてから僕はススキノにある「Slow Boat」というジャズ
ライブハウスを訪れました。僕の目的は、この店のオーナーでもありかつ著名なピア
ニストである福居 良さんの演奏を聴く事でした。
 今までには一度もその演奏を聴く機会はなかったものの、福居さんのお名前を僕は
随分前から存じ上げていました。1976年に今は無きトリオレコードから当時まだまだ
無名であった福居さんのファーストアルバム「Scenery」が発売された事をきっかけ
にして、彼の名前は全国のジャズファンに知れ渡る事となったのです。手許に残って
いるスイングジャーナル誌の1977年1月号を開いてみると、“寒い国から熱い心をこ
めて。福居 良トリオ、デビュー。”とのコピーと共に半ページを割いてこのレコー
ドの宣伝が掲載されています。恐らく当時のトリオレコードにとって、福居さんは超
期待の新進ミュージシャンであったという事なのでしょう。
 ところが、その後の彼の人生はかなりの苦難の道程であった様です。「Slow Boat」
のホームページから彼の経歴を転用させて頂きますと、「1948年 北海道平取町生ま
れ。18歳でアコーディオンを始め、22歳の時ジャズピアノを始める。 76年1stアル
バム『Scenery』。77年に2ndアルバム『Mellow Dream』を発表。82年上京し、自己
のトリオで新宿ピットイ ン・吉祥寺サムタイム・名古屋ラブリー等で活動。 86年帰
札。89年パリのジャズクラブ『ル・プティ・オポルチュン』に招かれ、1週間出演し
好評を博す。95年3rdアルバム『My Favorite Tune』発表。また、この年バリー・ハ
リス(p)のレギュラーメンバーであるリロイ・ウィ リアムス(ds)ライル・アトキンソ
ン(b)を招き、スーパートリオコンサートを主催。99年4thアルバム『福居良 in New
York』を発表。 現在ライブハウス『スローボート』を拠点として、全道・全国で精力
的に活動を続けている。」との記載がさりげなく書かれています。しかし、「男の隠
れ家」2001年7月号に掲載されたこの店の紹介文では、「福居 良さんがジャズピア
ノを弾き始めたのが22歳。頭角をあらわしアルバム発売につながったが、活動拠点に
していたライブハウスの経営転換で突然のように店を追われ、道外活動を余儀なくさ
れたのが80年初頭。名古屋のジャズスポット『ラヴリー』の活動などでさらに腕を上
げ帰札したものの、札幌にはかつての活動舞台は残っていなかった。苦労を共にし
た日々と『ジャズピアニストが店を経営するという無謀なこと』(良さん)を、陰日な
たになり支え続けた奥さんの康子さんに対する深い信頼感が、この店の基調になって
いる。」との心暖まる文章が添えられていますので、恐らく数多くの苦労が現在の福
居 良さんの奥深いピアノスタイルを築き上げる礎となった事でしょう。
 福居 良さんに関して特記すべき点として、かの有名なピアニストであるBarry
Harrisとの深い親交という点が挙げられます。実際、Barry Harrisは福居さんとの絆
が故に、来日した際そのライブの大部分を札幌で行なった場合もあったそうです。当
日初めて実際に聴かせて頂いた福居さんの演奏も、あたかも目の前でBarry Harrisか、
はたまたBud Powellかが演奏しているかのような錯覚を感じさせるバリバリのバップ
スタイルのものであり、バップ好きの僕はその演奏に夢中になってしまいました。そ
して、僕はたまらず店内で販売されていた福居さんの2枚のCD、すなわち目下の最新
作である1999年録音の「福居良 in New York」と昨年復刻された彼のデビュ−作であ
る「Scenery」とを購入してしまいました。ところが、帰宅後じっくりと聴き込むと
「福居良 in New York」では現在とさほど変わらないスタイルでの演奏が繰り広げら
れているのに対して、「Scenery」の方は1970年代という時代を反映するかの如きモー
ド風の演奏も含まれており、苦労された福居さんの20数年の重みが実感されて感無量
になってしまいました。ところで、デビュ−作「Scenery」に吹き込まれている
“Early Summer”という曲が、ジャイルス・ピーターソンという売れっ子DJの注目を
得て今やクラブシーンの人気曲との事ですので、最近は本当に何が起こるか分からな
いですよね。 
 という次第で、先月紹介した2軒のジャズ喫茶および今月の「Slow Boat」のお蔭
で、僕は随分楽しい旅をする事が出来ました。地方に行って各地でこのような楽しみ
を得る事ができるのもジャズファンならではの特権であり、僕は今後もずっとジャズ
を好きでいたいなあと心底実感したのでした。
 ではまた来月、皆様どうぞこの爽やかな晩秋を実り多きものとなるようにお過ごし
下さい。
 
                            (2006年11月10日 記)