「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第58回 Grant Stewartから目が離せない

 僕のレコードやCDコレクションは1950年代のハードバップを主体とした古い作品が
中心ですが、これまでにも何度も書いてきたように、バップのイディオムを継承した
現代の若手プレーヤーにも注目しており、お気に入りのミュージシャンが見つかると
彼らの新譜もできる限り追いかけるようにしています。そのようなミュージシャンと
しては、本コラムの第12回で述べたEric Alexanderや同じく第29回のDavid
Hazeltineなどが代表格ですが、最近ではGrant Stewartというテナーサックス奏者が
僕の注目株のミュージシャンの仲間入りを果たしつつあります。 
 Grant Stewartは1971年6月にカナダトロントの生まれとの事ですので、今年で35
歳。これからますます伸び盛りの年代のミュージシャンと言えるでしょう。僕が初め
て彼の名前を知ったのは比較的最近の事であり、2004年に僕の大好きなEric
Alexanderとの双頭テナーグループである「Reeds and Deeds」が結成され、Criss
Crossレーベルに吹き込まれた“Wailin`/Reeds and Deeds”という作品を耳にした
事がきっかけでした。この作品ではEric Alexander以外に、David Hazeltine(p)・
Peter Washington(b)・Knnny Washington(ds)といったEricの作品では超おなじみの
ミュージシャンがサイドメンを務めており、Grant StewartはEricのグループに客演
したような形です。しかし、いざ実際に演奏を耳にするとEricに全くひけを取らない
打々発止の演奏を繰り広げており、あたかも往年のSonny Rollins&John Coltraneの
テナーバトルである“Tenor Madness”を聴いているかの如き印象を感じて、僕はいっ
ぺんに彼の事が大好きになってしまいました。
 どうやら時を同じくして日本のメディアもGrant Stewartに対して関心を抱いたよ
うであり、2005年秋にはビデオアーツから彼の国内製作盤の第1作である“Tenor
and Soul”が発表されました。本作品では一部の曲ではトランペットのRyan Kisorを
迎えて、2管での演奏を繰り広げています(Ryan Kisorが彼のボス的な存在であるの
かどうかはよく解りませんが、Ryanのリーダーアルバムである“This is Ryan”
にGrant Stewartがサイドメンとして加わったりしていますので、どうやら2人はか
なり近しい存在の様です)。そして今年の春には早くも同レーベルからの国内製作第
2弾が発売されましたが、“Estate”とのタイトルのこの作品では何と(!)2曲
でEric Alexanderをゲストとして迎えており、「Reeds and Deeds」の再現となる熱
きテナーバトルを演じています。
 ディスコグラフィーをひも解くと、オランダのCriss Crossレーベルでは随分早く
から彼のリーダーアルバムを発表しており(初リーダー作は何と1992年、彼が弱冠21
歳の時に吹き込まれています)、流石に現代最高のハードバップレーベルの面目躍如
といった感じですが、2005年には同レーベルからも久方振りに彼のリーダーアルバム
が発売されました。“Grant Stewart+4”とのタイトルが冠されたこのアルバムは
抹茶色のジャケットカラーも魅力的なのですが、そのタイトルはジャズ史に残る名作
である“Sonny Rollins+4”(Prestige)を彷佛とさせるものであり、若き日のGrant
Stewartにとって恐らく偉大なアイドルだったであろうSonny Rollinsに対する思い入
れが感じ取られ、微笑ましい気分になってしまいます。そして僕自身の評価としては、
今のところこの作品を彼の最高作として推薦したいと思います。
 今年に入ってGrant Stewartは、Joe Magnarelli(tp)・Peter Bernstein(g)・Spike
Wilner(p)・Neal Miner(b)・Joe Strasser(ds)といったN.Y.を中心にして活躍するや
はり若きトップミュージシャン達と共に「Planet Jazz」という名前のグループを結
成し、第1作である“In Orbit”という作品をSharp Nineレーベルから発表しました。
この作品を耳にする限り、もしかしたらこのグループは本コラムの第2回でも紹介し
た僕が現代最高のハードバップグループと信奉している「One foy All」の良きライ
バル的な存在にもなりうるのではないかと、期待は膨らむばかりです。
 このようにGrant Stewartは現在八面六臂の大活躍を続けており、最も多忙なミュー
ジシャンになりつつある様です。どうやら僕もGrant Stewartから目が離せそうにあ
りません。
 ではまた来月、そろそろ秋めいてきましたが皆様どうぞこの良き季節を存分にお楽
しみ下さい。
                                  
                           (2006年9月10日 記)