「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第56回 Woody Allenを聴く

 「Woody Allenを聴く」なんてタイトルをつけると、のっけから“おいおい、Woody
Allenって映画監督で俳優なんだから、聴くじゃなくって観るの間違いだろう”等と
いうお叱りの声が聞こえてきそうです。だけど、それでもやっぱり今回のテーマは
「Woody Allenを聴く」なのです。
 皆様すでに御存知かも知れませんが、Woody Allenは熱心なジャズファンであり、
従って彼の作品にはジャズにまつわるシーンやBGMとしてのジャズミュージックがふ
んだんに出てきます。今回のコラムを書くに際して僕も彼の代表作と呼ばれる作品を
久し振りに何本か観てみましたが、例えば「マンハッタン」や「ラジオ・デイズ」で
は懐かしい古いジャズがBGMとして効果的に配される事によって映画の雰囲気をより
魅惑的なものにしていますし、「ギター弾きの恋」はショーン・ベン演じるジャンゴ・
ラインハルトに憧れながらも身を持ち崩していくという天才ジャズギタリストの生涯
を描いたジャズムービーとも呼べる作品です。さらに、今春映画館で観た「僕のニュー
ヨークライフ」という作品中では、“ダイアナクラールを聴きにいこうぜ”なんて話
になって実際に彼女の「Village Vanguard」でのライブに出かけるシーンが出て来た
りして、ジャズファンにとってはプラスアルファのお楽しみを伴った映画でした。
 その上、Woody Allenは単なる一介のジャズファンではなく、実際にクラリネット
を演奏するプレイヤーとしても知られています。彼がジャズミュージシャンとしてヨー
ロッパをツアーした際のドキュメンタリーフィルムが1998年に実力派女性監督である
バーバラ・コップルによって発表されていますが、左のジャケットはそのフィルム中
の演奏をピックアップしたCDバージョンのものです。このCD中で彼は、Simon
Wettenhall(tp)・Jerry Zigmont(tb)・Cynthia Sayer(p)・Eddy Davis(banjo)・Greg
Cohen(b)・Rob Garcia(ds)などといったニューオリンズ・ジャズの一流ミュージシャ
ンと共に心温まる演奏を展開しています。さらに彼はその風采の上がらない容貌(失
礼!)とは裏腹に、意外に女性から大変モテたようでこれまでにも多くの美人女優と
浮き名を流してきました。本ドキュメンタリーが発表された頃には、ちょうど彼は当
時同居中であった人気女優のミアー・ファーローの養女であったスン・イーに手を出
した事によってミアーと大喧嘩した事がスキャンダラスに伝えられている時期でした
が、本フィルムでは現在は彼の妻の座におさまったスン・イーと過ごす時間も刻まれ
ているそうです。
 もしN.Y.に出かけた際にWoody Allenを聴きたければ、76丁目にある高級ホテル
「Carlyle Hotel」内にあるクラブ「Cafe Carlyle」に出向くと、運が良ければ彼の
クラリネットプレイを生で聴く事ができるかも知れません。というのも、基本的に11
月から6月までの毎週月曜日の夜にこの店で彼のバンドが演奏を披露する予定になっ
ているからです。
 ただ「Cafe Carlyle」と言うと、Woody Allen以外にもう1人ミュージシャンの名
前を挙げない訳にはいかないでしょう。そのミュージシャンとは名前をBobby Short
と言いますが、御存知の方には既に良く知られた存在だと思います。彼はジャズ歌手
という範疇とは少し異なるミュージシャンであり自らを「サロン歌手」と称していた
そうですが、ピアノ弾き語りによる小粋なエンタテイナーであり、30年以上の長きに
わたってほぼ連日「Cafe Carlyle」に出演していました。N.Y.のハイソサエティの人
達の間では、Cafe Carlyle」に行ってBobby Shortを聴くという事は最高にお洒落な
行為であり、Woody Allenの「ハンナとその姉妹」という作品中にも「Cafe Carlyle」
でのBobby Shortの出演場面が登場します。左の真ん中のジャケット「Songs by
Bobby Short」は1950年代半ばに吹き込まれた彼の初期の代表作であり、Atlantic
Recordにとっても超初期の黒レーベルの珍しい作品です。一方、左下のジャケットは
彼の「Cafe Carlyle」への出演30周年を祝って、1997年にTElarcレーベルに吹き込ま
れたものです。しかし、その後Bobby Shortは残念ながら2005年3月に80歳でこの世
を去ってしまい、従って僕達もたとえ今後またN.Y.へ行くという機会に恵まれたとし
てもBobby Shortを聴くというお洒落なエンタテイメントを味わう事が出来なくなっ
てしまいました。だからと言っては失礼ですが、なおさらWoody Allenだけは生で聴
いておきたいなあという気持ちが僕の心の中では膨らんでくるのです。
 ではまた来月、まだ梅雨の明けきらない不順な天気の日々が続きますが、皆様どう
ぞお体に気をつけてお過ごし下さい。
                           (2006年7月10日 記)