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「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第54回 父と息子の絆
先日、「アメリカ、家族のいる風景」という映画を観てきました。かつては西部劇
のスターであった中年の俳優が、精神的な挫折によりロケ地を抜け出して20 数年振
りに故郷の母親の元に帰ったところ、母親から以前に自分が付き合っていた女性が妊
娠して出産していたという事実を初めて知らされて子供探しの旅に出るというストー
リーの作品です。ようやく探し当てた息子は、突然現われた父親に対して強い拒絶を
示すものの次第に和解していくとの過程が、ドイツ人であるヴィム・ヴェンダース監
督の目を通して丁寧に描かれており、アメリカ人の家族の絆の深さがしみじみ感じら
れて、心に残る秀作でした。
このような映画を観るにつけ、アメリカ人夫婦の離婚率は日本人よりも高いなどと
報じられてはいますが、実際には家族の絆という点では日本人よりもアメリカ人の方
がはるかに強いように思えてなりません。そして、僕がそのような念をとりわけ強く
感じるのは、ベースボールスタジアムに行った際です。最近は特に日本のプロ野球よ
りもアメリカのメジャーベースボールにより強く惹かれている僕は、ここ数年夏休み
にはアメリカのボールパークを訪ねるという旅に出かけています。シアトルのセーフ
コ・フィールドやロサンゼルスのドジャース・スタジアムを訪れた際のお話はこのコ
ラムでも以前に述べましたが、昨年の夏には、先日の世界ベースボール選手権(WBC)
の際に決勝シリーズの会場となったサンディエゴのペトコ・パークを訪問しました。
これらのボールパークを訪れて僕が実感する事は、アメリカでのベースボール観戦で
は日本のように鳴り物や応援歌などによる一体化した応援を強要される事はなく、各
自が自分のペースでベースボール観戦をエンジョイできるという事です。そしてアメ
リカ人の場合には、たとえお年寄りであっても家族連れで来場している観客が多く、
60歳代くらいの親父と30歳代くらいの息子の2人連れがビールを片手にしみじみと語
り合いながら観戦しているといった微笑ましい光景も稀ならず目にする事ができます。
話は変わりますが、ジャズの世界では父・息子共に著名なミュージシャンであると
いういわゆる親子鷹は決して稀ではなく、ざっと名前を挙げてみるだけでもVon
Freeman(Ts)とChico Freeman(Ts)、Bucky Pizzarelli(G)とJohn Pizzarelli(G)、
Jackie Mclean(As)とRene Mclean(Ts,As)、Jimmy Raney(G)とDoug Raney(G)、Kenny
Drew(P)とKenny Drew Jr(P)など枚挙にいとまがありません。そして、このような数
多くのジャズファミリーの中で最も有名な一家として、Marsalisファミリーの名前を
挙げる事ができるでしょう。ピアノのEllis Marsalisを父として、テナーサックス
のBranford Marsalis、トランペットのWynton Marsalis、トロンボーンのDelfeayo
Marsalisの息子達はそれぞれが現在第一線で活躍中です。中でも、1982年に次男
のWyntonがデビュー作“Wynton Marsalis”(邦題:マルサリスの肖像)を引っさげて
登場した際には、日本のジャズジャーナリズムはあたかも彼をモダンジャズの救世主
の如く大々的に取りあげたものでした。ただ僕はというと、“随分トンがった演奏を
するなあ”というのが彼に対する第一印象であり、以降現在に至るまで彼に対しては
些か食わず嫌いの傾向が続いている事は否めません。しかし、そんな僕にとっても大
好きな彼のアルバムというのが存在しているのです。“The Resolution of Romance”
(Columbia)と題されたそのアルバムは父Ellisとの共演盤であり、多くのスタンダー
ド曲を短くまとめた演奏が収録されています。とりわけ、畏敬の念を込めて父Ellis
を見つめるWyntonの優し気な眼差しのジャケットが何とも言えず魅力的であり、父と
息子との心の絆がひしひしと感じられて心暖まる作品です。
父と息子の共演盤としてもう1枚、魅力的なアルバムを紹介しましょう。彼らはア
メリカ人ではなくてフランス人なのですが、それはTony Petrucciani(G)とMichel
Petrucciani(P)の親子のデュエットによる“Conversation”(Dreyfus)という作品で
す。皆様御存知のように、Michel Petruccianiは圧倒的なテクニックを誇る人気ピア
ニストでしたが、グラス・ボーンという生まれながらの奇病のために身長が90cm足ら
ずしかないとの肉体的なハンディキャップを負い、1999年にわずか36歳でこの世を去っ
てしまいました。親父の気持ちを察するに、いくら有名ピアニストにまで上り詰めた
とは言え、このようなつらいハンディキャップを背負った息子に対しては堪らなく不
憫で愛おしい気持ちを抱き続けていた事でしょう。この作品は1992年に録音されたも
のであり、2人の掛け合いは如何にも楽しそうな雰囲気に満ち溢れたものですが、数
年後には愛しの息子はこの世を去ってしまい、結局彼らの幸せも長くは続かなかった
という事になります。そのような現実を踏まえた上で改めてこのアルバムを耳にする
と、2人が楽しそうなコラボレーションを演じているだけに、なお一層切ない気分を
感じてしまうのです。
僕にも現在高校生になる息子がいますが、あと10数年の時が流れて僕が60歳代そし
て息子が30歳代に達した時に、果たして彼らのように父と息子の絆を保っている事が
できるのでしょうか?
ではまた来月、皆様にとってこの初夏の良き季節が実り多きものとなりますように!
(2006年5月10日 記) |
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