「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第53回 誠実なマイナー・ポエトCedar Walton

 本コラムの第4回で既に述べたのですが、僕は金曜日の夜には特に用事のない限り
三ノ宮のJazz Bar「グッドマン」へ赴いて、関西の一流プロミュージシャン達による
熱のこもったライブ演奏を楽しんでいます。「グッドマン」に通うようになる以前に
はレコードやCDが僕のジャズの聴き方の主体だったのですが、ライブに通うようになっ
てそれまでとは違った新たなジャズの聴き方を見出せるようになってきました。特に、
有名なスタンダード曲や演奏しているミュージシャン自身のオリジナル曲以外で、魅
力的なメロディのテーマを有しいるにも関わらず一般的に余り知られざる曲が演奏さ
れた後などには、ミュージシャンにそのタイトルを教えて頂いて、自分自身の秘かな
お気に入り曲に加えていくなんていう事もライブならではの楽しみです。最近では、
ピアノの竹下清志さんに「Bolivia」という曲を、そして同じくピアノの木畑晴哉君
には「Ojos De Rojo」という曲を教えて頂きました(ただ、この「Ojos De Rojo」は
その時には初めて聴いた気分になって感服したのだけれど、後から思い返すとベーシ
ストのRay Brownの名作である“Something for Lester”の中に入っていて、かつて
何度も聴いていた曲でした)。そして偶然ながら、この両曲共にピアニストのCedar
Waltonのペンによるものであり、彼の作曲能力の高さに感心してしまったという次第
なのです。
 さらに、その事に追い討ちをかけるようなちょっと驚くべき出来事がありました。
昨年秋に、僕が敬愛する村上春樹氏が自分自身の好きな音楽家について語った「意味
がなければスイングはない」とのタイトルの単行本が発売されたのですが、シューベ
ルトなどのクラシック界の人からブライアン・ウイルソンやブルース・スプリングス
ティーンなどのロック畑のミュージシャン、「フォークの父」と呼ばれたウディ・ガ
スリー、果てはスガシカオに至るまで、如何にも村上さんならではの広いジャンルに
及ぶ音楽家が選出されていたのですが、ジャズ界からはスタン・ゲッツおよびウイン
トン・マルサリスと共に、何と(!)このシダー・ウォルトンについて村上さんは評し
ておられたのです。“強靱な文体を持ったマイナー・ポエト”とのタイトルが添えら
れた村上さんの文章を少し引用してみましょう。「年齢やスタイルを問わず、今現役
で活躍しているジャズ・ピアニストのうちで、いちばん好きな人を一人あげてくれと
言われると、まずシダー・ウォルトンの名前が頭に浮んでくるわけだが、僕と熱烈に
意見をともになさる方はたぶんかなり数少ないのではないかと推測する。ジャズがけっ
こう好きな方でも、シダー・ウォルトンの名前に馴染みがない、あまりきちんと演奏
を聴いたことはない、という人はきっと多いだろうし、せいぜい『シダー・ウォルト
ン、うん、悪くない堅実なピアニストだね』というくらいが、一般的な反応ではない
だろうか?(中略)自然で強靱な文体を持った誠実なマイナー・ポエト、それが僕に
とってのシダー・ウォルトンというピアニストの一貫した姿であり、僕はたぶんその
ような姿に、とても静かにではあるが、惹かれ続けてきたのだろう。」このように、
村上さんはシダー・ウォルトンに対する自身の愛情を、控えめながら暖かい文体で語っ
ておられます。
 という訳で、多くの熱心なジャズファンにとってもCedar Waltonというピアニスト
の存在は、村上さんが語られた通り“上手いんだけれど熱狂する程でもない”という
評価が一般的なのでしょう。彼は、沢山のリーダーアルバムを発表していますが、そ
の中にこれといった代表作がないという事も彼の人気を超一流になしえていない一因
であろうと思われます。だけど、今回彼のアルバムを改めて聴き直してみると、“A
Night at Boomers”(Muse)、“Cedar Walton Quartet”(Steeple Chase)、“Cedar`s
Blues”(Red)、“The Trio”(Red)など、それぞれそれなりに魅力的なアルバムが目
白押しといった感じであり、数多ある彼のアルバムを集めていく事もまた楽しい作業
かも知れません。その上、昨年度に日本のVenusからは“Midnight Waltz”というタ
イトルの彼のオリジナル曲ばかりを集めたピアノトリオによる作品が発表されていま
す。僕にとっては「Ojos De Rojo」が収録されていなかった事が残念でしたが、先に
述べた彼の作曲能力の高さを楽しむにはこのアルバムがベストではないかと思います。
皆様も機会があれが、このアンダーレイティッドなピアニストのプレイに注目してみ
て下さい。
 ではまた来月、皆様どうぞ桜満開のこの季節を存分に楽しんでお過ごし下さい。
                       (2006年4月10日 記)