「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第51回 Nat King Coleの2人の弟達

 僕がジャズボーカルの中では男性ボーカルが好きだという事については、本コラム
の第18回で既に述べました。ジャズボーカリストとしては、男性と比べて女性の数が
圧倒的に多いのはアメリカでも日本でも同様の事ですが、アメリカには御大Bing
Crosbyに始まりPerry Como・Frank Sinatra・Tony Bennett・Sammy Davis Jr等ジャ
ズボーカルの範疇には留まらない、いわゆるアメリカンミュージックのエンタテーナー
と目される男性ミュージシャンが多く存在しています。彼らが歌う唄はいわゆるモダ
ンジャズとは一線を画していますが、僕が愛してやまない“古き良きアメリカ”を彷
佛とさせるものであるため、僕はこのようなエンタテーナーによる唄の数々が大好き
ですし、その事が僕の男性ボーカル好きの一因として関係しているのかも知れません。
そして、このような男性ボーカリストの中でも、僕はNat King Coleに対してとりわ
け深い思い入れを抱いており、彼のアルバム「Love is the Thing」(Capitol)のA面
の1曲目に吹き込まれている“When I Fall in Love”なんぞを聴いたりすると、直
ちに歓喜の余り恍惚となってしまいます。15年くらい前に、1950年代にアメリカ
のT.V.で放映されていた「Nat King Cole Show」という番組が7枚組のレーザーディ
スクで復刻された事があったのですが、35000円もの高価なものであったにも関わら
ず僕は大喜びで購入し、自宅からレーザーディスク再生器が無くなってしまった現在
もなお大切に保管しています。
 そんな僕にとって、先日ちょっと衝撃的なレコードとの出会いがありました。いつ
ものように中古レコード屋でレコード漁りをしていた僕の目の前に、「Ike Cole
Sings」とのタイトルの見慣れないジャケットが姿を現わしました。“そんな名前の
ボーカリストは聞いた事ないなあ”と考えながらも、よもやと思って裏ジャケットの
ライナーノートを読んでみると、そのまさかが適中して彼はかのNat King Coleの弟
だったのです。ジャケットの体裁から判断する限り1950年代か遅くとも1960年代初頭
までに発売されたものと思われますが、Promenadeレコードという聞いた事もないマ
イナーなレーベルから発売されたそのレコードは、兄譲りの少しハスキーな声色の小
粋なボーカルを楽しむ事ができる内容となっています。
 資料をひも解くと、Ike ColeはNat King Coleの8歳年下の弟との事ですが、HMVの
ホームページで検索しても彼の作品は1つも見当たらず、その後の活動の詳細につい
ては不明です。むしろNat King Coleの弟としては、Ikeのさらに下の弟であるFreddy
Coleの存在が良く知られています。Freddyは1931年の生まれであり、Nat King Cole
の12歳年下という事になります。1950年代からミュージックシーンで活動していた様
ですが、彼の存在を一躍有名にしたのは1982年に日本の今はなきアルファレーベルが
「Just the Way I am(素顔のままで)」というアルバムを発表した事が彼の再評価
に繋がり、以降現在に至るまでMuse・Fantasy・Telarc・High Noteといったレーベル
からコンスタントに作品を発表しています。彼の唄声もまたIke Coleと同様に兄Nat
を彷佛とさせるものですが、彼自身はそのような偉大な兄と比較される事は本意では
ないようであり、1991年に吹き込まれて近年High Noteから再発されたCDでは“I`m
not my brother、I`m me”とのオリジナル作品を吹き込むのみならず、アルバムタイ
トルにまで用いています。“僕は僕であって、兄さんとは違うんだ”との内容のこの
唄は、1人のシンガーとして生きていこうとの彼の強い決意を物語るものです(だけ
どその反面、同じアルバムの中でNat King Cole Medleyなんかもちゃっかり吹き込ん
でいるのだけれど…)。彼の最新作は「This Love of Mine」(High Note)という作品
ですが、このアルバムでは何と(!)我らがEric Alexanderがサイドメンとして加わっ
ており、アルバムの出来を一段と魅力あるものに仕上げてくれています。また近年、
1964年にDotレーベルに吹き込まれた「Waiter、Ask the man to play the blues」と
の旧作がCDで復刻されたのですが、僕は片肘をついた美女のジャケットの魅力に惹か
れて思わず購入してしまいました。この作品は、バラードを中心にした比較的地味な
選曲から構成されていますが、かのSam Taylorのソウルフルなテナーサックスが加わ
り、1960年代という時代を実感させられてしまいます。
 この事についてはこれまでにも何度も述べてきましたが、今回のIke Cole盤の発見
のみならず、レコード探しは絶えず僕に新たな驚きや出会いを与えてくれます。そし
てこのような出会いに遭遇すると、ますますレコード探しは止められないなあという
気分が強くなるのを感じてしまいます。
 ではまた来月、2月に入ってもまだまだ真冬を思わせる日々が続きますが、皆様ど
うぞ寒さに負けずにお過ごし下さい。
                            (2006年2月10日 記)