「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第7回 Live at Village Vanguard

 “Live at Village Vanguard” ああ、何と響きの良い言葉なんだろう…。これま
でにこの地で幾多の名盤が生み出され、ジャズファンにとっては“Live at Village
Vanguard”と聞くだけで直ちにそのレコードを聴きたくなってしまうようなそんな魔
力が、New Yorkの名門ジャズクラブである「Village Vanguard」という名前にはある
ようです。試しにこれまでにVillage Vanguardで録音された名盤を思い付くままにざっ
と挙げてみますと、余りに誉れ高いBill EvansのRiverside盤「Waltz for Debby」
「Sunday at the Village Vanguard」を筆頭にして、John ColtraneのImpulseレーベ
ルの諸作、長い麻薬療養所生活からカムバック間もなく吹き込まれたArt Pepper
のConpemporary盤、内藤忠行氏によるメジャーリーガーのジャケットも印象的であっ
たGreat Jazz TrioによるEast Wind盤(ちなみにこのトリオによる未発表集が2000年
にCDで発売されましたが、このジャケットも第1作・第2作と同様に我々の心を魅了
するものでした)、日本人では大西順子トリオによる2枚のSomethine`else盤等々枚
挙にいとまがありません。
 これまでに僕もアメリカに行く機会は何度かあったのですが、残念ながらNew York
を訪れた事はなく、“ああ、ジャズの聖地「Village Vanguard」に行ってみたい…”
という思いは僕にとってずっと切実なる願望にも似た夢だったのです。そして、よう
やくその夢が叶ったのは2001年3月の事で、仕事でWashington DCを訪れた帰りに2
日間のオフを頂き、New Yorkで過ごす事が出来ました。ちょうどNew Yorkは厳寒かつ
大雪の気候下であり、わずか2日間の短い滞在期間のうちの最終日の夜にいよいよ念
願の聖地Village Vanguardへの巡行と相成りました。New Yorkでは通常我々のような
観光客が宿泊するホテルはタイムズスクェアやミュージカル劇場等が密集する40丁目
〜45丁目辺りのミッドタウンに集中しており、一方Village Vanguardはその辺りから
かなり南に下った7丁目に存在しています。従って、タクシーを拾ってVillage
Vanguardに向かったのですが、意外な事にタクシーの運転手さんはVillage Vanguard
を知らず、ガイドブックに載っている地図を見せて何とか店の前まで辿り着いたとい
う次第でした。これは単に僕の発音が悪かったせいかも知れませんが、Village
Vanguardと言えば誰もが知っているNew Yorkの大観光地かと思っていた当方にとって
はまずこの事が最初の拍子抜けの事態でした。そして、何はともあれ夢にまで見た憧
れのVillage Vanguardの前に立ってまずは感動の写真撮影。その後、地下への階段を
降りていっていよいよ店内に入りましたが、店の全体を見渡した瞬間、“え〜、これ
がVillage Vanguardなの?”との感想が僕のVillage Vanguardに対する偽らざる第一
印象でした。と言うのも、ジャズの歴史上に惨然と輝くその知名度と比べて、
Village Vanguardの店内は余りに慎ましやかで、なおかつ僕の想像を絶するほど狭い
ものだったからです。
 当日の出演はRussell Malone Quartet。僕達が席についた時にはまだまばらだった
客も、演奏が始まる頃にはかねてからの噂通りの日本人の観光ツアーのおばちゃん達
の一団も含めてほぼ満席となりました。僕はRussell MaloneのCDはVerve盤の「Look
Who`s Here」1枚きりしか持っておらず、彼の演奏スタイルの全貌についてはよく知
らないのが実情ですが、少なくともこのCDではそれ程ハードな演奏を展開していると
いう印象ではありません。しかし、この日のライブではRussell Maloneのギター
とAnthony Wonseyのピアノとの火の出るようなすさまじいアドリブの応酬で、彼等の
底力にただただ圧等されてしまいました。その時の僕は時差ボケによる睡魔と戦いな
がら演奏を聴いていたのですが、感動と眠気とが交互に襲ってくるという何とも奇妙
な体験をしてしまいました。
 下の写真は、Village Vanguardでのショットを僕の今年の年賀状用に編集したもの
です。右下の写真はJohn ColtraneのImpulse盤「Live at Village Vanguard Again」
のジャケットから拝借したものですが、左下の私の写真と並べて、僕としては35年間
の時の差を隔ててジャズの神様John Coltraneと僕とが全く同じ場所に立っていると
いう事を強調したかった訳です。しかし、年賀状を送った友人の数人からは、“お前
の年賀状に黒人が写っとったけどあれは一体何や?”等といった心ない質問を浴びて、
失望してしまいました。でもいいんです、わかってくれる人にだけわかってもらえれ
ば…。だけど、こんな事をして喜んでいるから僕も幾つになっても成長しないジャズ
おたくから抜け出せないのでしょうかねえ?
 ではまた来月、梅雨のジトジトした気候となりますが皆様どうぞお元気でお過ごし
下さい。
                           (2002年6月10日 記)