「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第6回 吉岡秀晃さんを知っていますか

 スイングジャーナル誌5月号に掲載されていた2002年度日本ジャズメン読者人気投
票のピアノの欄を見ると、つくづく日本のジャズピアニストも層が厚くなったなあと
実感してしまいます。第1位の小曽根真さんは今や“世界のOzone”と呼ぶべき活躍
ぶりで、計算されつくした構成のテーマから繊細で躍動的なアドリブへと続く演奏は
筆舌に尽くし難い程魅力的ですし、第2位の椎名豊さんはオーソドックスでありなが
ら且つ現代的な一面を持ち合わせた素晴らしいピアニストです。また、第6位の岸ミ
ツアキさんはピアノ〜ギター〜ベースというNat King Cole風のピアノトリオスタイ
ルで、オールドスタンダードナンバーを実にスインギーに展開して聴かせてくれます。
小曽根真さんと岸ミツアキさんとは共に関西の出身で、ライブではしゃべくりがメチャ
メチャ面白いという共通点があります。その他、女性陣では数年前まで一世を風靡し
た大西順子さんが姿を消したのは残念ですが、一躍シーンに登場した第5位のアキコ
グレースや第7位のSAYAといった新鋭陣や第8位の木住野佳子さん等がおられ、一方
ベテラン陣では第3位の山下洋輔さんや第10位の今田勝さん等も頑張っておられると
いった状況で、まさに多士済々といったところです。しかし、僕にとっての“My One
and Only”Pianistと言えば、誰が何と言おうとも第9位の吉岡秀晃さんに他ならな
いのです。
 僕が吉岡秀晃さんを知るようになったきっかけはというと、テナーサックスの今津
雅仁さんの名前を抜きにして語ることは出来ません。1989年(平成元年)秋に今津雅仁
さんはFun Houseから「Masato」というタイトルのアルバムをリリースされました。
ちょうど時代はフュージョンの終焉期に差し掛かっており、リスナー達がこのような
タイプの演奏に対してそろそろ飽きを感じはじめた頃でした。そして、そのような時
代のニーズに答えるべくまさしくベストタイミングな状況で発売されたこのアルバム
は、まるでGene AmmonsかHank Mobleyかといったようなファンキーでアーシーなスタ
イルでの演奏を収めたものでした。彼の演奏スタイルは多くのファンの支持を得て大
人気を博し、あれよあれよと言う間に「Masato」はその年のスイングジャーナル日本
ジャズ大賞まで獲得してしまいました。今津雅仁さんは僕と同じ西宮市の出身であり、
無名時代には西宮北口にあるジャズ喫茶「Corner Pocket」でジャムセッションを重
ねられたという経歴がありました。そんな経緯で、1990年(平成2年)2月に行われた
「Corner Pocket」開店15周年記念スーパーセッションという催しに当時絶頂期であっ
た今津雅仁カルテットが出演しましたが、このライブはニッカウイスキーの西宮工場
内のホールで酒を飲みながら聴くという優れた企画で、今津雅仁カルテットのファン
キーな演奏に対して満員の聴衆はノリノリのハイテンション状態で興奮も最高潮に達
し、場内溢れんばかりの熱気と相成りました。その結果、このコンサートは僕が過去
に経験したライブの中でもベスト3に数えられるものとなったと考えています。そし
て、この今津雅仁カルテットのピアニストが今回の話題の主の吉岡秀晃さんだったの
です。彼の演奏もまた今津さんのスタイルときわめてマッチしたWynton Kelly
やSonny Clarkばりのハードバップスタイルに基づくものですが、この日のライブで
も吉岡さんのピアノはファンキーかつスインギーなソロで聴衆を大いに盛り上げ、初
めて吉岡さんのピアノを生で聴いた僕も彼の演奏に完全にノックアウトさせられてし
まいました。そして、以後今日までずっと吉岡さんの熱狂的なファンであるという次
第なのです。
 吉岡さんのピアノは基本的にバップスタイルであり、彼のソロを聴くと一聴して
“吉岡さんだ!”とわかる独特のバップの薫りが漂ってきます。現在までに彼は6枚
のリーダーアルバムを発表していますが、それらを順に紹介しますと、「Here We Go」
(ファンハウス:ピアノトリオ+ゲスト、1990年)、「Anytime Anyway」(ファンハウ
ス:ピアノトリオ、1991年)、「Always」(ファンハウス:ピアノトリオ、1992年)、
「Strong Man」(ファンハウス:ピアノソロ、1994年)、「Doin` It Right」(ブラウ
ニー:ピアノトリオ、1998年)、「Moment To Moment」(ヴィ-ナス:ピアノトリオ、
2000年)の6枚で、いずれも甲乙つけ難い好アルバムです。しかし、吉岡さんの演奏
の真骨頂は何と言ってもライブ演奏にあります。吉岡さんのホームペー
(http://users.hoops.ne.jp/round_h-y/)のライブレポートによると、これを吉岡
さん得意の反則ワザ“2段落ち”と呼ぶのだそうですが、彼はライブでしばしば終わ
ると見せかけてエンディングからまたハイテンポでテーマに戻るという離れ業を演じ、
観客達を興奮のるつぼに陥れてくれます。従って、吉岡さんの真の魅力を味わうため
には是非とも彼のライブ演奏に足を運ぶ事が必要です。吉岡さんの活動の拠点は基本
的には関東ですが、最近は時々関西にも来られて梅田の「Royal Horse」や「Mr
Kelley`s」等にも出演されていますので、これらの店のライブスケジュールをチェッ
クしておけば、吉岡さんの演奏を聴く事ができる機会があると思います。  
 ではまた来月、皆様どうぞ緑多き初夏を存分にエンジョイして下さい。

<追記>
 西宮北口のジャズ喫茶「Corner Pocket」は震災後長らく休業していましたが、此
の度本格的に営業を再開されました。JBLパラゴンが大変立派な音で鳴り響いていま
すので、是非共足を運んでみて下さい。なお、詳細はお店のホームペー
http://www20.u-page.so-net.ne.jp/ta2/paragon/を御参照下さい。
                            (2002年5月11日 記)