「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第50回 Eric DolphyのLast Recording

 人生には“もし”や“たら”という言葉は存在しないと言われますが、それでもや
はり去りゆく人を惜しむ時などにはどうしても“もしあの人が生きていたら…”とか
“もしあの人が今ここにいたら…”などと考えてしまいがちです。ジャズ界において
も例外ではなく、特にジャズメンの場合にはCharlie Christianに始まってCharlie
Parker・Clifford Brown・John Coltraneなどといった早逝の超大物ミュージシャン
が数多く存在しているため、我々ジャズファンは“もしあのジャズメンがもっと長生
きしていたら、恐らくジャズの歴史も変わっていただろうにな…”などと考えがちで
す。実際に、例えばもしClifford Brownが長命であったならば、Miles Davisはあれ
程までに偉大な存在にはなりえなかったのかも知れません。このようにジャズ界には
“ジャズの歴史を変え損なった”多くのミュージシャンが存在している訳ですが、僕
の心の中でとりわけそのような念を強く抱くのはEric Dolphyに対してなのです。
 Eric Dolphyが僕にそのような気持ちを強く抱かせる理由の一つとして、彼の死の
わずか27日前に吹き込まれた「Last Date」という名盤が存在している事が関係して
いるように思います。彼の死後に発売されたこのアルバムは、死の直前に吹き込まれ
たとは微塵も感じさせないような熱のこもった演奏が繰り広げられているのですが、
B面の最後には彼の肉声で“When you hear music, after it`s over, it`s gone in
the air. You can never capture it again.”とのコメントが録音されています。
Dolphyの発したこの意味深いメッセージは、僕に対して彼の死を実感させると共に、
36歳という若さでこの世を去ってしまった彼をより強く悼む気持ちにさせるものです。
 僕にとって、この「Last Date」というレコードは個人的にも忘れ難い思い出があ
る作品です。もう30年以上前の話になりますが、大学受験を間近に控えた高校3年生
の秋のある休日に僕は大学入試の模擬試験を受けるために某予備校へと赴きました。
ところが肝心の試験の出来が全く振るわず、“このままではどこの大学にも合格でき
ない”と僕は自分自身の不甲斐なさに対してとても情けない気分を感じつつ帰途につ
こうとしました。しかし、その僕の状態を見るに見兼ねてか、帰り道に友達が“気分
転換にジャズ喫茶でも行こうや”と誘ってくれて神戸三ノ宮のジャズ喫茶に足を運ぶ
事となりました。そして、その店で友人がリクエストしたのがこのアルバムだったの
ですが、B面に吹き込まれた“You don`t know what love is”の激しいけれど余りに
美しいDolphyのフルートプレイを耳にして、僕はまるで頭を殴られたかのような強烈
な感動を覚える事となりました。そして以降現在に至るまで、僕はこのアルバムのB
面を聴く度にこの日の光景を思い出し、 Dolphyの「Last Date」は僕の挫折と絶望感
に満ちた青春時代を回顧するアルバムとなったという次第です。
 当時僕達が聴いていた「Last Date」は、バスクラを吹くDolphyのイラストによる
アメリカLimelight盤のジャケット仕様のレコードでした。しかし、その後非常に素
晴らしいジャケットで定評があったオランダFontanaレーベルのオリジナル盤を復刻
したレコードが本邦でも発売になった際に、僕はジャケットに惹かれてこのレコード
も購入してしまい、現在都合2種類のジャケットの「Last Date」を所有しています。
但しEric Dolphyはヨーロッパ諸国で非常に人気が高いミュージシャンであったため、
ヨーロッパの各国で彼の作品は数多く発売されています。その結果、「Last Date」
1作品に限ってもヨーロッパ諸国から様々なジャケットのものが発売されており、こ
の事がDolphyコレクター達を喜ばせたり悩ませたりする原因となっている様です。
 この「Last Date」は長い間ずっとDolphyのラストレコーディング作品だったので
すが、驚くなかれ1980年代になって「Last Date」のさらに9日後に吹き込まれた作
品が発表されました。文字通り「Last Recordings」と題されたこの日の演奏は本邦
ではディスクユニオンから美しいジャケットおよび装釘で発売されました。ただ演奏
内容はいささかまとまりに欠けるきらいがあり、残念ながら「Last Date」のような
深い感動を我々に与えてくれるものではありません。従って、僕にとってはどうして
も「Last Date」のB面最後のメッセージをもってDolphyは旅立ってしまったとのイメー
ジを払拭する事ができないのです。
 ではまた来月、雪まじりの寒い日々が続きますが、皆様どうぞお体に気をつけてお
過ごし下さい。
                            (2006年1月10日 記)