「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第49回 ジャズで聴くクリスマスソング

 早いもので、あっという間に1年が過ぎ去ろうとしており、今年もあと残り少なく
なってきました。僕は年末の慌ただしさや年始の厳粛な雰囲気も好きですが、その前
にやってくるクリスマスの時期になると何となく心暖まる気分になってきます。バブ
ル華やかな頃には、クリスマスイブともなると高級レストランやシティーホテルの大
部分でカップルの予約が殺到するという時代もありましたが、僕自身には残念ながら
クリスマスにそのような良い思いをしたという経験は1度もありません。それでも何
故か、12月になって街中でクリスマスソングのメロディが流れているのを聴くと気持
ちがうきうきしてくるのです。
 どうしてクリスマスの季節になるとこんなに僕の心が弾むのかに関しては、長い間
ずっと自分でもよく理解する事ができませんでした。しかし、昨年の夏に西宮北口に
ある「コーナーポケット」で行なわれたボーカリストの溝口恵美子さんと僕の敬愛す
る関西最高バップピアニストである岩佐康彦さんのトリオによるライブに行った際に、
その回答を与えてくれるような出来事がありました。それは、溝口さんがM.C.で岩佐
さんの事を紹介された際に、“岩佐さんは私にとってクリスマスのような存在の方で
す”との表現をされたのです。そしてその理由として、「クリスマスと岩佐さんのバッ
プスタイルのジャズピアノはいずれも、私にとって大好きな古き良きアメリカを具現
するものだから」との内容の説明付けを加えられました。このM.C.を聞いた瞬間に、
僕は溝口さんのコメントに深く共感すると同時に、僕自身の心の中の長年の疑問が解
決したような気分に達してしまいました。そうなんです、ノスタルジックなクリスマ
スソングは現代の病めるアメリカ合衆国が失ってしまった良きアメリカを回顧させる
存在であるが故に、長きにわたって僕たちの心をこんなに魅了するものなのでしょう。
そんな次第で、当夜はこのM.C.により大変盛り上がってしまった結果、8月の真夏と
いう季節外れの時期に“ホワイトクリスマス”を聴かせて頂けるとの予想外の展開に
至り、僕にとって忘れ得ぬチャーミングなライブとなりました。
 という訳で、クリスマスソングが好きな僕は毎年この季節になると、その年に発売
された新しいクリスマスソング集のCDを1枚か2枚買わずにはいられなくなってしま
います。その結果、現在までに数多くのジャズミュージシャンによるクリスマスソン
グ集のレコードおよびCDを所有するに至りました。数あるクリスマスアルバムの中で
も定番中の定番と言えば、何といってもBing Crosbyの「White Christmas」である事
は万人が認めるところでしょう。このレコードのA面の1曲目に収められたWhite
Christmasのイントロの最初の数小節を聴いただけで、不思議な事にもうクリスマス
の気分満載になってしまいます。その他、Nat King Cole、Frank Sinatra、Tony
Bennett、Ella Fitzgeraldなどといった偉大なジャズボーカリスト達もクリスマスア
ルバムを吹き込んでいますが、僕自身が特に気に入ってこの時期に聴く機会が多いア
ルバムは、本コラム第18回でも御紹介したJohn Pizzarelliの「Let`s Share
Christmas」(BMG)の他、Rosemary Clooneyの「White Christmas」(Concord Jazz)
やMel Tormeの「Christmas Songs」(Telarc)などが挙げられます。
 一方近年購入したCDを紹介しますと、昨年にはJazz Lifeによる「Christmas Songs」
とThe Manhattan Transferの「An Acapella Christmas」の2枚を購入しました。前
者は何の予備知識もなくたまたまCDショップで見つけてジャケ買いしたものですが、
ボーカルとピアノのEllen MarquartとトランペットのBernd Marquart(この2人は兄
妹かと思ったけれど、profileによるとどうやら夫婦のようです)とを中心としたド
イツで活動しているグループとの事です。全体的にやや甘めの出来栄えなのですが、
クリスマスソング集であればそれもまた良いかなという気分になってしまうから不思
議なものです。そして、今年はDiana Krallの「Christmas Songs」(Verve)を購入し
ましたが、この作品は現在最も油が乗っているビッグバンドであるJohn
Clayton-Jeff Hamilton Jazz Orchestraと共演したものであり、完璧な出来栄えとなっ
ています。これからクリスマスのその日まで、僕は当分の間クリスマスソング漬けに
なりながら過ごす事となるでしょう。
 ではまた来月、ここ数日突然真冬を思わせる気候となりましたが、皆様どうぞ寒さ
に負けずにお過ごし下さい。
                          (2005年12月10日 記)