「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第47回 Ian Hendrickson-Smith live at “Smoke”

 ニューヨークで現在進行形のハードバップジャズを聴かせてくれるライブハウスの
うちで、僕にとって気になる存在のお店として、先月に紹介した“Smalls”と共に、
“Smoke”という名前のジャズクラブがあります。“Smalls”が10丁目というグリニッ
ジヴィレッジ地区に属するマンハッタン島のかなり南端に位置しているのに対して
(ちなみに“Village Vanguard”は11丁目だから、その一筋南という事になる)、
“Smoke”は105丁目とのかなりアップタウンに存在しています。「ジャズライフ」誌
からの情報によると、“Smoke”は1998年に閉店した“Augie`s Jazz Bar”という店
を引き継いで1999年に開店し、現在有名ジャズメンは勿論の事、新進気鋭のミュージ
シャンが数多く出演する事でニューヨークのジャズシーン注目のスポットとなってい
るとの事です。そしてその“Smoke”をホームグラウンドとするミュージシャンの中
で、最近僕は特にIan Hendrickson-Smithという妙に長い名前のアルトサックス奏者
に着目しているのです。
 僕がIan Hendrickson-Smithなるミュージシャンの名前を初めて知るきっかけとなっ
たのは、スイングジャーナル誌2004年10月号に掲載されたHMVの広告の頁によってで
した。そこには、『Ian Hendrickson-Smithの新作は、皆さん御存知の凄腕プレイヤー
Ryan Kisor(tp)、Peter Bernstein(g)、David Hazeltine(p)が強力にバックアップ。
アップテンポな「Love for Sale」や、Hazeltine作曲のボッサテイストが心地よい
「Ian`s Bossa」、バップ好きにはたまらない「Smile」「San Francisco Beat」など
オススメ曲てんこ盛りの内容です。One For Allが好きならお気に入りの1枚になる
こと間違い無し!』とのコメント付きで彼のSharp Nineレーベルへの第2作「Still
Smokin`」の宣伝が掲載されていたのです。そして、この宣伝のコメントがOne For
All好きの僕の心を刺激した事は言うまでもありません。早速CDショップへと走り、
本CDおよび同じくSharp Nineレーベルに吹き込んだ彼の第1作「Up In Smoke!」の
2枚を入手しました。
 彼の第1作「Up In Smoke!」は、David Hazeltine(p)・Barak Mori(b)・Joe
Strasser(ds)のピアノトリオを従えたワンホーンカルテットによる編成であり、一方
第2作の「Still Smokin`」の方は宣伝のコメント中でも紹介されていた様に、David
Hazeltine(p)・Peter Washington(b)・Joe Strasser(ds)の同じくピアノトリオに加
えて、曲によってトランペットのRyan KisorおよびギターのPeter Bernsteinが参加
するといった幾分豪華な編成となっています。彼のプレイスタイルはあたか
もCannonball Adderleyを彷佛とさせるようなもろファンキーなスタイルですが、こ
の2枚のCDのいずれにおいても往年のモダンジャズの香りがプンプンと漂うような演
奏が繰り広げられており、HMVの宣伝コメントにはまさしくウソ偽りはなしといった
気分です。2枚のCDはいずれも “Smoke”でライブ録音されたものであり、そのため
に彼らの演奏がより白熱したものになったと断言してもあながち間違いではないでしょ
う。
 そしてその上、今年の夏にさらに僕を狂喜させるようなCDが登場しました。それは
カナダのCellar Liveというレーベルから発表された「Live in New York/The
Uptown Quintet」という作品なのですが、このThe Uptown Quintetというグループは
実はIan Hendrickson-Smithと「Still Smokin`」でもゲスト参加していたトランペッ
トのRyan Kisorを双頭リーダーとするグループだったのです。このCDでは上記のIan
Hendrickson-Smithのリーダー作と比べて、2管編成のユニットがより強固なハード
バップ色の強い作品に仕上がっていますが、メンバー達のオリジナル作品に混じって
あのSonny Clarkeの不朽の名盤「Cool Struttin`」中の“Blue Minor”なども演奏さ
れており、ハードバップファンには感涙ものです。そして言うまでもなく、このCDも
やはり同様にlive at “Smoke”という訳なのです。
 さらには、本コラムの第2回で御紹介した僕の最も敬愛する現代のハードバップグ
ループである“One For All”もやはり“Smoke”を根城としているとの事であり、彼
らもまたCriss Crossレーベルに「Live at Smoke volume 1」という作品を録音して
います(ところで、volume 2はいつ出るのかしらん?)。その上、今年の秋にはEric
Alexander(Ts)とVincent Herring(As)との2サックスをフロントとした“The Battle”
(High Note)とのタイトルのこれまた“Smoke”でのライブ盤が発売されましたが、、
このCDもたまらなくご機嫌な作品に仕上がっています。となると、“Smalls”のみな
らず“Smoke”にも今直ぐに飛んで行きたいような気分になってしまい、当分N.Y.に
は行けそうにもない僕はどうやら大きなジレンマを抱えざるをえない事になりそうで
す。
 ではまた来月、皆様どうぞこの秋の良き季節を存分にお楽しみ下さい。
                         (2005年10月10日 記)