「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第42回 Art Blakeyの暗黒時代

 ジャズ界で最も優れたリーダーシップを発揮したジャズメンとして、まず第一
にArt Blakeyの名前を挙げる事ができるでしょう。彼の結成したJazz Messengers
は1955年以降、1990年に彼の死によって終焉を迎えるまで実に35年以上の長い期間に
わたって恒常的な活動を続けました。そしてそのメンバーとしては、Hank Mobley・
Jackie McLean・Johnny Griffin・Benny Golson・Wayne Shorter(以上sax)、Kenny
Dorham・Donald Byrd・Lee Morgan・Freddie Hubbard(以上tp)、Curtis Fuller(tb)、
Bobby Timmons・Cedar Walton・Keith Jarrett(以上p)などといったジャズ史にその
名前を刻む多くのミュージシャンを輩出しました。従って、Art Blakey&Jazz
Messengersはその多くの期間でスター軍団を抱えていたのですが、1970年代特にその
後半にJazz Messengersの暗黒時代と呼ばれる時期が存在していた事を御存知でしょ
うか?
 僕自身にそのような事を思い出させるきっかけとなったのは、昨年末に大阪梅田の
阪神百貨店で催された中古レコード市で1976年録音の“Backgammon”(Roulette)とい
うレコードを発見して購入した事によってでした。まさに同じ1976年の秋にArt
Blakey&Jazz Messengersの日本公演ツアーが行なわれ、当時京都在住だった僕はこ
のライブを聴くために京都会館まで足を運びました。当時の資料によると、この時の
来日メンバーはBlakey以外には、Bill Hardman(tp)・David Schnitter(ts)・Mickey
Tucker(p)・Cameron Brown(b)・Ladji Camara(perc)との面々であり、Bill Hardman
およびMickey Tuckerには多少のネームバリューはあるものの、いずれにしてもスター
と呼ぶべき魅力のあるサイドメンは不在といった状態でした。
 当日のライブの模様は、心の中にトラウマが残った(?)ためか30年近く経過した現
在でも鮮明に記憶しています。客の入りはまばらで盛り上がりに乏しく、ほとんどす
べての曲でナイアガラ奏法を含んだBlakeyのドラムソロが延々繰り広げられました。
しかし、恐らくそれでも客のノリがイマイチと感じたであろうサービス精神旺盛
なBlakeyは、事もあろうにドラムソロの最中に大声で“スケベ、スケベ”と絶叫しだ
したのです。それを聴いて僕は、「Blakeyさん、何もそこまでしてくれなくても…」
と少し物悲しい気分になってしまった事をよく覚えています。そして、ライブ終了後
に入場客に対して抽選が行なわれ、当選者へのプレゼントが当時の彼らの最新作であっ
たこの“Backgammon”というレコードだったのです。
 今回このレコードを購入して初めて聴く事になったのですが、ピアニストとベーシ
ストは異なるもののその他のメンバーは日本公演と同一であり、恐らくライブの際と
ほぼ同じ雰囲気の演奏および構成だろうと想像されます。両面通してレコードを聴き
終えた後の僕の感想としては、2つの点で少し不満を感じました。1つめは、ネタが
尽きた時のBlakeyの常として過去の名曲に依存するという傾向があるのですが、本ア
ルバムでも「Whisper Not」および「Blues March」といったヒット作品を再演してい
るという点です。もう1つの点は、アフリカ出身の末裔としての血が騒ぐのかBlakey
はパーカッションアンサンブルによるリズムのみから成るアルバムの製作に心血を注
ぎ、Blue Noteの1500番台および4000番台でも“Orgy in Rhythm”や“The African
Beat”などといった作品を発表しています。本アルバムでも1曲だけですがLadji
Camaraのパーカッションと唄をフィーチャーしたリズムのみの曲が含まれているので
すが、アルバム全体の調和という点から考えるとどうだろうか?といった印象を抱い
てしまいます。ただそれ以外では、Walter Davis Jrのペンによる2曲の魅力的なオ
リジナル曲を含めて全体的に結構楽しめる演奏であり、“この時期の演奏もまんざら
捨てたものじゃないなあ”と実感するに至りました。さらにその上、今年になって僕
は偶然同じ1976年の彼らの演奏のDVDをも発見してしまったのです。この映像はさら
に楽しめるものであり、その結果僕がライブに行った際に抱いたこの時期のJazz
Messengersに対する悪印象を払拭してくれるものとなりました。
 1980年代になると、天才トランペッターWynton Marsalisをメンバーに迎えた事を
契機にしてJazz Messengersは完全に息を吹き返し、再度スターグループとしての地
位を確立しました。Wynton Marsalisが加わったJazz Messengersのアルバムとしては、
“In Sweden”(Amigo)・“Album of the Year”(Timeless)などがあります。そして、
その後Jazz Messengersの栄光はBlakeyの死まで続く事となるのですが、今回こうし
て彼の不遇の時期の演奏を改めて聴き直してみると、スタープレーヤーは誰もいない
もののこの時期の演奏に対してもそれなりに愛おしい気分が得られるという事を改め
て実感する事となりました。
 ではまた来月、皆様どうぞこの緑美しき季節を有意義にお過ごし下さい。
                            (2005年5月10日 記)