「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第40回 West Coast Jazzについて

 最も好きなジャズのスタイルはハードバップであると常日頃公言してきましたが、
僕は実はウエストコーストジャズも大好きなのです。もし、タイムマシンに乗って好
きな時代の好きな場所に行ってもいいよと言われたら、僕は間違いなしに1953年
〜1955年辺りのニューヨークかロサンゼルスを選択します。この両者のうちでは、ニ
ューヨークに行って「Birdland」や「Basin Street」でArt Blakey&Jazz
MessengersやClifford Brown〜Max Roach Quintetの演奏を聴くのも魅力的ですが、
むしろロスへ飛んで「Haig」でのChet Baker〜Gerry Mulligan Quartetや
「Lighthouse」で左の2枚のContemporary盤のジャケットのメンバー達から成
るLighthouse AllstarsやArt Pepperのグループによる演奏を聴きたいとの気持ちを
より強く感じます。もっとも僕の心の中でロスの魅力が上回るのは、太陽がサンサン
と輝くイメージの1950年代のウエストコーストが、ブッシュ政権による現代のエゴイ
ズムにまみれたアメリカからは遠く離れた、古き良き時代のアメリカを具現している
との印象が強いためからかも知れません。
 僕がウエストコーストジャズの生演奏に初めて接したのは、1983年9月に今は無き
大阪球場で行なわれたAurex Jazz Festival `83での事でした。このフェスティバル
ではRosemary Clooney&Les Brown Band、Art BlakeyのAll-Star Jazz Messengers、
Grover Washington Jr. Groupと共に、Shorty RogersとBud Shankを双頭リーダーと
するWest Coast Giantsが出演していました。Shorty Rogers(tp)、Bud Shank(as)、
Jimmy Giuffre(ts)、Bob Cooper(ts)、Bill Perkins(bs)、Pete Jolly(p)、Monty
Budwig(b)、Shelly Manne(ds)とのいずれ劣らぬ1950年代のウエストコーストジャズ
シーンでの大スター達による演奏、中でも5管のフロントによる一糸乱れぬアンサン
ブルとソロの連続に、野外演奏の魅力も相まって僕はすっかり魅了されてしまい、こ
の日を契機にしてウエストコーストジャズがますます好きになってしまったのです。
この時の演奏は、一部メンバーは異なりますが同じ1983年に録音された“Re-Entry
/Shorty Rogers&His Giants“(Atlas)というレコードの雰囲気に最も近いように思
います。但し、この時から20年以上が経過した現在では、メンバーのうちShorty
Rogers・Bob Cooper・Monty Budwig・Shelly Manne・Pete Jollyの5人は既に鬼籍の
人となっており、生存している残りのメンバー達も現在80歳前後の高齢であり、最近
の録音やライブ活動の情報もほとんど聞こえてきません。従って、僕が彼らの演奏を
聴いた1980年代前半頃が、ウエストコーストジャズ創成期のオリジナルメンバー達に
よる演奏を楽しむ事のできる最後の時代だったのかも知れません。
 僕はかねがねロサンゼルスに行きたいと思いながら実際にはなかなか機会に恵まれ
ず、昨年の夏にようやく初めて訪れる事ができました。ロサンゼルスの最大の売りは
ディズニーランド・ユニバーサルスタジオ・ナッツベリーファーム等といったテーマ
パークであり、本コラム第34回でも同じ事を述べましたが、テーマパーク以外ではロ
サンゼルスでも見るべき観光地はそれ程多くはありません。ただロスの街は随分広い
ためバスツアーなどを利用する必要がありますが、ハリウッド・ダウンタウン・ビバ
リーヒルズ・サンタモニカといった観光地をぐるりと廻るだけならば1日あれば充分
といった感じです。昨年夏に僕がロスを訪れた主目的は、御想像通り(?)ロサンゼル
スドジャースのベースボール観戦だったのですが、この途上に僕をいささか感動させ
る光景に遭遇する事となりました。ドジャースの本拠地のドジャーススタジアムはダ
ウンタウンの端の小高い丘の頂上に位置していますが、ベースボール観戦を終えて帰
りのバスの中で何気なく窓の外を眺めていた僕は、驚いてあっと声をあげそうになっ
てしまいました。その理由は、車外の光景がBud ShankのPacific Jazz 1205番、通称
“昼と夜のシャンク”と呼ばれているレコードのジャケットの風景と瓜二つだったか
らなのです。小高い丘の上の同じ位置から昼と夜とのロスの街の風景を撮影し、表面
に昼の光景を、裏面に夜の光景を配したこのレコードはウエストコーストジャズの名
盤の1枚に数えられています。ただ、果たして本当にこのジャケットがスタジアムの
丘の上から撮影されたのか否かについては定かではありませんが、とにかくその時に
僕は“間違いない”との確信に近い気分を抱いたのです。そうして帰国後に早速この
レコードを聴いてみましたが、楽しかった旅行の思い出と相まってBud Shank達によ
る演奏をより一層身近に感じる事ができました。ジャズを聴く楽しさはこういった事
によっても拡がっていくという次第なのです。
 ではまた来月、皆様どうぞ春の到来を楽しみにしつつお元気でお過ごし下さい。 
  
                           (2005年3月10日 記)