「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第37回 今年の僕の一期一会〜2人のピアニストのレコードとの出会い〜

 早いもので2004年も残すところあと僅かとなり、もうすぐまた新たな年を迎えよう
としています。僕の2004年を振り返ると今年も例年と変わった事は何もなく、普段通
り仕事をして、余暇にはこれまたいつもの通りジャズライブを聴いたりプロ野球を観
戦したりジャズのレコードやCDを買ったりしているうちに1年が終わろうとしていま
す。だけど、もしかしたらこの何事もなく無事に1年を過ごせるという事が実は一番
幸せなのかも知れないなどと最近しみじみと考えたりしています。
 という次第で、今年も週末になって暇な時間がある時には度々レコード漁りに出か
けました。レコードとの出会いとは、もし欲しいと思ったレコードを買わずに帰った
ら、そのアルバムとは一生二度と遭遇する機会のない一期一会の出会いで終わってし
まう可能性のあるものです。そういった意味合いから、僕が今年購入した中で最も印
象深いレコードは何だったかなと考えてみると、ピアニストがリーダーの2枚のレコー
ドを挙げる事ができます。そのレコードとは、Marc Hemmelerの「Anniversary In
Paris」(Phoenix Record:1986年録音)とJohnny O`Nealの「Live At Baker`s」
(Parkwood Record:1985年録音)というタイトルの作品ですが、何故この2枚が特に
印象深いかと言うと、いずれも今までジャケットも見た事もなくかつ存在すら知らな
かったレコードだったからなのです。但し、レコードとの一期一会の出会いというテー
マについては本コラム第22回のDoc Cheathamの時にも述べましたが、この時には僕
はDoc Cheathamというトランペッタ−自体を知らなかったのに対して、今回はこの2
人のピアニストの名前は知っていましたし、彼らの他のレコードは既に所有していた
という違いはあります。
 Marc Hemmelerは1938年生まれのフランス人ピアニストですが、ヨーロッパのピア
ニストにありがちなBill Evansタイプの叙情的なピアノスタイルとは全く異なり、
Oscar Petersonを信奉するとの根っからのスインガーです。これまでに他のアルバム
としては、Ray BrownおよびShelly Manneと共演した「Walking In L.A.」(Musica:
1980年録音)、「Easy Does It」(Musica:1981年録音)、「Feelings」(Rexton:1982
年録音)のいずれもピアノトリオによる作品があります。今回購入した「Anniversary
In Paris」はピアノトリオにHerb Ellisのギターが加わったもので、スタンダード曲
を主体にした趣味のよい演奏が繰り広げられています。
 一方のJohnny O`Nealは、1980年代初頭にArt BlakeyのJazz Messengersに加入して
いたとの経歴を有するピアニストです。他のアルバムとして、「Coming Out」
(Concord Jazz:1983年録音)がありますが、彼もやはりグイグイとスイングしていく
タイプのピアニストです。「Live At Baker`s」はそのタイトル通りデトロイトにあ
るKeyboard Lounge「Baker`s」でのライブ演奏を収めたものです。ローカルなジャズ
クラブでの演奏と思われますが、レコードに針を落とすとライブ特有の楽しさが至る
所に充満しています。
 この2人はいずれも、ひたすらスインギーで抜群のテクニックに裏付けされたかな
り音数の多いスタイルとの共通点があり、比較的似通ったタイプのピアニストと言え
るでしょう。ただこのタイプのピアニストに総じた欠点として、音に余り深みが感じ
られないというきらいがある事は否定できません。しかし、聴いていてとにかく楽し
く、もし彼らの演奏をウイスキーグラスを片手に生で聴く事ができたらさぞかしハッ
ピーだろうなと感じさせてくれます。彼らはジャズ史にその名を刻むようなピアニス
トではありませんし、このようなレコードは勿論歴史的な名盤とは程遠い、いわゆ
るB級・C級のレコードと言わざるを得ません。だけど、そういったレコードの中にも
今回の2枚のように聴いていてたまらなく愛おしい気分になるようなレコードは多数
存在しており、ジャズの歴史的価値の評価と聴いて感じる楽しさとは全く別個のもの
だなあと実感させられてしまいます。これだから、いつまで経っても欲しいレコード
は尽きないのでしょうね。
 ではまた来月、もう12月半ばだというのにまだまだ真冬を感じさせない日々ですが、
皆様どうぞお体に気をつけて残り少ない2004年をお元気でお過ごし下さい。
                           (2004年12月10日 記)