「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第34回 サンフランシスコとジャズ 

 以前にも述べましたが、ジャズとベースボールとが好きな僕にとってアメリカとい
う国はある意味での憧れの国であり、これまでに機会がある度にアメリカに出かけて
きました。その中で最も訪問する機会が多かった街はサンフランシスコで、過去に3
回訪れています。
 但し、観光という見地から言うとアメリカは高々200年余りの歴史しかない国です
ので歴史的な遺産には乏しく、豊かな大自然以外には見るに値するものがないといっ
た場合もしばしばです。サンフランシスコも世界の一大観光地のようにイメージされ
ていますが、いざ訪れると現実的には最初にフィッシャーマンズワーフに行ってシー
フードやクラムチャウダーを食べてからケーブルカーに乗り、ユニオンスクエアとチャ
イナタウンを廻るといった程度の基本コースだけならば1日あれば十分です。しかし、
ケーブルカーが急な坂を登り切った瞬間サンフランシスコベイ全体が突然目前に拡が
る光景を目の当たりにしたときの感動は、恐らく世界の他のどの街へ行っても味わう
事のできないものでしょう。
 ジャズに関しては、1950年〜1960年代のサンフランシスコには「Black Hawk」や
「Jazz Workshop」といった有名ジャズクラブがあり、Dave BrubeckやVince
Guaraldiなどサンフランシスコ在住のミュージシャンも存在していました。しかし、
1950年代に一世を風靡したいわゆる“ウエストコーストジャズ”はそのほぼすべてが
ロサンゼルスおよびその近郊で生まれたものであり、恐らく往時もロスと比べるとサ
ンフランシスコのジャズシーンはそれ程活況を呈していなかったのではないかと想像
されます。
 ただ、ジャズ〜ポピュラー領域でサンフランシスコの名前を一躍有名にしたのは、
皆様も御存知のように1962年にTony Bennettによって唄われた“I Left My Heart in
San Francisco”という曲によるところ大と思われます。この曲は1954年に作られた
ものの全くヒットせず埋もれた状態になっていたものを、ピアニストのRalph Sharon
の勧めによってTony Bennettが歌ったところミリオンセラーとなったとの経過がある
そうです。その結果、“愛すべきパリ、繁栄のローマ、忘れ難いマンハッタン。だけ
ど私の心は常にサンフランシスコにある”との魅惑的なヴァースから始まるこの曲は、
現在サンフランシスコ市歌に選定されています。
 そして、この余りに有名な曲とは対照的に全く知られていない曲なのですが、僕の
知る限りでサンフランシスコを讃えた愛すべき佳曲がもう一曲あります。“No Sun
in San Francisco”とのタイトルのその曲を、僕はCharlie Cochranという男性ボー
カリストの「I Sing I Play」というアルバムで知る処となりました。Charlie
Cochranは全く無名ですが、僕の好きないわゆる“四畳半”的なボーカリストであり、
“サンフランシスコは素敵だけれど、僕の太陽ともいうべき彼女がこの街にいなけれ
ば、陽が登らないのも同然だ”との内容を歌ったこの唄もとても魅力的です(但し歌
詞内容は僕の推測による)。このアルバムは恐らく1950年代に西海岸のDorianという
レーベルに吹き込まれ、1990年代にスペインのフレッシュサウンズレーベルから再発
されたものです。中古レコード屋を漁ると、現在はすべて廃盤となってしまったフレッ
シュサウンズの再発盤は何故か驚く程の高値が付いたものと、二足三文で投げ売りさ
れているものとの両極端に分かれています。このレコードは幸か不幸か後者に属して
おり、たまに見かける時には1000円台の安値で売られていますので、もしこのレコー
ドを見つけられた時には買い求められても損はしないはずです。
 一方、サンフランシスコ名物のケーブルカーをあしらった魅力的なジャケットのア
ルバムを紹介してみましょう。ヴァイブのCal Tjaderによる「San Francisco Moods」
とのタイトルの作品は1950年代にFantasyレーベルに吹き込まれたもので、ケーブル
カーを背景にした女性の脚線美に思わずうっとりとしてしまいます。「The Jazz
Scene:San Francisco」は1950年代にFantasyレーベルに吹き込まれた作品のオムニ
バスCDで2000年代になってから発売されたものですが、初期のSonny Clarkを含
むJerry Dodgion Quartetの演奏が含まれているところに価値があり、Clarkファンに
は見逃せないものです。しかし何と言っても、サンフランシスコのケーブルカージャ
ケットとしてとどめを刺すのは、Thelonious Monkの「Alone in San Francisco」
(Riverside)で間違いないでしょう。もし、サンフランシスコに行ってこのジャケッ
トの様にケーブルカーの中でThelonious Monkに遭遇するなんて事態が生じたら、恐
らく僕は感動の余り気絶してしまうのではないか…なんて想像しながらこのアルバム
を聴いていると、何となく楽しい気分になってくるのです。
 ではまた来月、皆様どうぞ去り行く夏を惜しみつつお元気でお過ごし下さい。
                           (2004年9月10日 記)