「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第33回 “Musicians` Musician”Ahmad Jamal

 “Musicians` Musician”という言葉を御存知でしょうか?一般的にすごく高い人
気がある訳ではないものの、それに反してミュージシャン達の間では尊敬と信奉を集
めているようなタイプのミュージシャンをこのように称するとの事であり、例えばピ
アニストならばBarry HarrisやBilly Taylorなどが“Musicians` Musician”との名
称で呼ぶに値すると評価されています。そして、今月の話題の主Ahmad Jamalもまた、
どうやらそういったタイプのミュージシャンに属する様です。
 というのも僕自身は彼の事は余り良く知らなかったのですが、数年前に僕が関西最
高のバップピアニストであると信奉している岩佐康彦氏から、“Ahmad Jamalはいい
ですよ〜”と彼の古いビデオを貸して頂いたという経緯があるのです。「Jazz from
Studio 61」と題されたそのビデオはAhmad Jamal TrioとBen Websterのグループが1
曲ずつ交互に演奏するというリラックスしたセッションを収めたものですが、録画当
時の1958年にはまだ20歳代と若かりしAhmad Jamalの演奏になると、Ben Websterグルー
プの既にジャズ界の重鎮とも言えるメンバー達が興味津々にピアノの周りに集まって
きて、感心したような面持ちで彼の演奏に聴き入る姿がとても印象的でした。
 そしてそれに加えて、本コラムの第6回でも紹介した僕の最高に好きなピアニスト
である吉岡秀晃氏から今年のお正月に頂いた年賀状は、何と!御家族がAhmad Jamal
と一緒に収まった写真がプリントされたものでした。“吉岡さん程の人ならば、来日
したどんな有名なミュージシャンとでも一緒に写真を撮る機会はあるだろうに、どう
してよりによってAhmad Jamalなんだろう”という疑問が僕の心の中で払拭できなかっ
たため、吉岡さんのライブを聴きに行った際にこの質問を彼に対してぶつけてみまし
た。その結果、“Ahmad Jamalは僕らにとってはMilesと同じですからねえ”との意外
な回答を頂き、ミュージシャン達にとってAhmad Jamalとはそんなに偉大な存在なん
だなあという事をひしひしと実感してしまいました。
 ところが、ジャズファン仲間にこのような話をしてみると大抵の人達からは、“あ
あ、Ahmad Jamalのレコードは僕も持っているよ”との返事が戻ってきます。そうな
んです、僕も含めて多くのジャズファンは、ジャズピアノのベーシックコレクション
として、爆発的にヒットした彼の“But Not For Me”(Argo)という1枚のレコードを
所有しているのです。しかし、逆に言うとこの作品以外の彼のレコードを持っている
人にはほとんどお目にかからないというのが現状なのです。
 そこで、これを機会に僕もAhmad Jamalについて少し勉強してみようと考え、中古
ショップへ行って“All of You”および“At the Blackhawk”という2枚のレコード(
いずれもArgo)と“Poinciana Revisited”(Impulse)というCDとを入手しました。
Ahmad JamalはMiles Davisに対して影響を与えた人物として知られており、Milesは
自分のグループを結成した際にピアニストとして参加したRed Garlandに対して、
Ahmad Jamalのようなスタイルで弾く事を求めたとの逸話もあるそうです。“But Not
For Me”を始めとした1950年代のJamalの演奏スタイルで特筆すべき点としては、そ
の極端な音数の少なさが挙げられます。最低限の音数をもって、音と音との間を最大
限に生かす事によって芸術性を高めたそのスタイルはまさしく唯一無比のものであり、
好き嫌いは別として彼の独自の世界であると言えるでしょう。今回僕が購入した作品
中、1961年録音の“All of You”および“At the Blackhawk”でもそのスタイルはほ
とんど変わらないものでした。ところが、驚くべき事に1969年録音の“Poinciana
Revisited”になるといささか様相が変わってくるのです。“間”を重視した従来の
演奏スタイルが影を潜め、ややモーダルで且つ音数がグンと増えて一聴してもAhmad
Jamalかどうか判らないといったスタイルの演奏になっていました。その後にはフュー
ジョンぽい作品を発表した時期もあったとの事であり、“One and Only”styleであっ
たAhmad Jamalに対してすら、ジャズの時代の変遷は過酷な試練を与えたようです。
 しかし最近はまたモダンジャズにとって良き時代となり、Ahmad Jamalも彼自身の
本来の演奏スタイルに戻ったとの情報も伝え聞こえてきます。現在彼はもう70歳代半
ばに達しているようですが、僕も機会があれば様々な変遷の後に元のスタイルに回帰
した彼のライブステージに接してみたいと考えています。
 ではまた来月、皆様どうぞこのうだるような暑さに負けずにお過ごし下さい。
                           (2004年8月10日 記)