「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第32回 7月17日の思い出

 京都四条河原町では7月に入ると祇園祭のお囃子がテープで流されるようになり、
嫌が上にも夏気分が盛り上がって来ます。そして、宵々山・宵山を経て祇園祭の佳境
の山鉾巡行が終わるといよいよ夏本番となるのです。基本的には京都の夏は短く、祇
園祭で夏が始まり大文字の山焼きで終わると言われています。ところが、京都という
街は盆地という関係上、その1ヶ月の間はとにかくひたすら暑い日々が続く事となり
ます。僕は京都で4年間を過ごしましたが、今でも“真夏”という言葉を聞くと、も
う30年も前の話ですので当然クーラーなんて洒落たものもなく扇風機のみで耐えてい
た、ただただ暑かった京都の下宿の部屋の光景が懐かしく思い出されてきます。
 まさしく祇園祭が終わる頃に時を合わせて、当時京都で大学生活を送っていた僕達
は夏休みに突入し溢れるばかりの開放感で胸を膨らませる次第となります。ちょうど
その頃に7月17日という日を迎えるのですが、ところでこの日が一体何の日であるの
かジャズファンの皆様は御存知でしょうか?正解は、7月17日は何とジャズ界の巨人
であるBilly HolidayとJohn Coltraneの共通の命日に当たる日なのです。Billy
Holidayは1915年4月7日の生まれで、1959年7月17日に44歳の若さでこの世を去っ
ています。一方、1926年9月23日生まれのJohn Coltraneは、Billyに遅れる事8年後
の1967年7月17日に、さらに若い40歳という年齢で鬼籍の人となっています。
 僕が京都で大学生活を送っていた1974年から1977年頃には京都の街には数多くのジャ
ズ喫茶が存在していました。この事に関しては本コラムの第1回でも少し述べました
が、僕が特に頻繁に通ったのは唯一今でも現存している熊野神社前の「YAMATOYA」を
始め、もう遠の昔に閉店してしまった荒神口の「しあんくれーる」・三条河原町の
「ビッグボーイ」・四条烏丸の「マンホール」・北白川の「ふーんじゃらむ」等といっ
たお店でした。ただ、閉店して20年以上が経過した現在なお、京都で最も名高い伝説
のジャズ喫茶として語り継がれているのが「ZABO」という店だと思います。
 「ZABO」は河原町三条の一筋北側にある朝日会館の路地を東に折れて直ぐのところ
の地下1Fに存在していました。壁面にはアフリカの仮面のコレクションが飾られた
独特の雰囲気で、常にフリージャズが轟きわたっているというタイプのお店でしたの
で、モダンジャズ好みの僕は通常は「ZABO」に足が向くという事はめったにありませ
んでした。ただ7月17日だけは事情が異なり、例年「ZABO」ではJohn Coltrane特集
と銘打って、朝から晩まで一日中Coltraneのレコードばかりをかけるという企画を行
なっていたため、僕は京都で過ごした4年のうちで多分2度は7月17日のかなり長い
時間を「ZABO」で過ごしたように記憶しています。かかるレコードは全くat randam
であり、インパルス後期のフリージャズがかかったかと思えば次は50年代のプレステ
ィッジのハードバップで、さらにその次にはアトランティック時代のレコードといっ
た次第で、その脈絡のなさがかえって面白く感じられました。ただ当時の僕はエレク
トリックジャズとフリージャズに対してはどうしても興味が持てなかったため、イン
パルス後期のフリーっぽいレコードの順番になるとやや苦痛の念を感じる状態に陥る
というきらいがありました。そしてそういった、僕のColtraneの後期の演奏に対する
“食わず嫌い”状態は比較的最近まで続いていたのです。
 ところが数年前にどういう心境の変化か、たまたまColtraneの後期のインパルス盤
を聴いてみたいという衝動に駆られた事がありました。そして、数枚しか所有してい
ない後期インパルス盤のレコードの中で「Transition」と「Meditations」の2枚を聴
いてみたのですが、意外な事に少しも苦痛の念を覚える事なく演奏を楽しむ事ができ、
我ながらいささか驚いてしまいました。その結果、“ガツガツしていた若い頃に
はColtraneの発するメッセージを感じ取る事ができなかったのに対して、僕も年を重
ねる事によって少しは心に余裕が生じ、Coltraneの音楽を心の中で味わう事ができる
ようになったのかなあ”と感じて、また新たなジャズの楽しみ方を見い出したような
いささか幸せな気分を感じる事が出来たのでした。
 ではまた来月、もう早くも真夏のような日々が続きますが皆様夏バテせぬようにお
元気でお過ごし下さい。
                         
 (2004年7月10日 記)