「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第28回 「チキンジョージ」で聴いたLou Donaldson

 現在からきっかり50年前の1954年2月21日、ジャズ史上に残る貴重なライブ演奏が
レコーディングされました。場所は当時ニューヨーク52番街にあったジャズクラブ
“Birdland”。ドラムスのArt Blakeyをリーダーとして、その他トランペット
のClifford Brown・アルトサックスのLou Donaldson・ピアノのHorace Silver・ベー
スのCurly Russellといった当時の新進気鋭のサイドメンを集めてブルーノートレー
ベルに吹き込まれたこの演奏は、50年後の今聴いても手に汗握る様な白熱した演奏が
繰り広げられています。時代はちょうどビバップの最後期に差し掛かっており、当日
の演奏が余りに凄まじいアドリブの応酬であったがために、この日をもって“ハード
バップの誕生”と定義するような見解もある程です。
 この時のレコードはまず10インチ盤3枚で発売されその後12インチ盤2枚で再発さ
れましたが、12インチ盤にはオリジナルジャケットとセカンドジャケットの2種類が
存在しており、従ってこの時の演奏には都合3種類のジャケットがあるという事にな
ります。この3種類のジャケットは左写真に示すようにそのいずれもが往時の雰囲気
を良く反映した優れものであり、従っていずれのジャケットで演奏を聴いても気分が
盛り上がる事は請け負いです。この時のメンバーの中で50年後の現在なお存命中なの
は、アルトサックスのLou DonaldsonとピアノのHorace Silverの2人だけになってし
まいました。2人共にその後の活躍については良く知られたところですが、最近は共
にその活躍ぶりが余り聞こえてこないのは少し寂しいような気がします。
 僕が初めてLou Donaldsonの演奏を生で聴いたのは、1989年6月神戸「チキンジョー
ジ」での事でした。ところが当日客はまばら、その上前日のライブ会場であった石垣
島からの飛行機が延着して開始が1時間以上も遅れるというハプニングも重なって、
いざ演奏が始まった時には僕の記憶に誤りがなければ観客は10人程度といった有り様
でした。しかしLouさんはそんな事には全くお構い無しと言わんがばかりの素晴らし
い演奏を繰り広げ、僕はすっかりノックダウン状態に達してしまいました。当時
のLou Donaldson Quartetの演奏に関しては、1986年12月にN.Y.の“West End Cafe”
で彼らの演奏を聴いた漫画家のラズウェル細木さんが「ジャズ批評 57号」中のJazz
漫画「ときめきJazz Time」という作品で詳しく述べておられます。細木氏はこの作
品の中で「くつろいだムードの中でルーさんのアルトはじわじわじわっと胸に染み込
んでくるのだった。特にバラードが佳境に入った時なんぞは、思わず目頭がアツクなっ
てしまうのであった。なぜこんなにも今夜の演奏はグッとくるのだろうか?10人にも
満たない客。小学校の机のようなテーブル。すすけた店内に隣からもれてくるジュー
クボックスの音。これらはルーさんの演奏を一層魅力的にするものであり、これらす
べてがなぜか、ルーさんのブルースとぴったりマッチしていた。この夜の感動は、ビ
レッジあたりの超満員の有名なクラブでは決して味わえないものだなぁ。なんてこと
を考えつつクリスマス間近の夜更けたウエスト・エンド・アベニューをテクテク歩く
私であった。」との名文をしたためておられますが、この日の「チキンジョージ」も
ほぼ同じ状況であったと言えると思います。この漫画は単行本化され「ときめきJazz
タイムコンプリート」(英知出版)とのタイトルで現在でも入手可能ですので、興味
のある方はお買い求め下さい(但し、「ヴォイス」に行けば本棚の中に「ジャズ批評
57号」が置いてあるからそれを読めば済むけどね…)。
 という次第で、ラズウェル細木氏と同様にすっかり感激した僕は、ライブ終了後に
当時持っていた3枚のレコードにサインを求め、意外な程の達筆でサインを頂いたも
のが左写真のジャケットです。僕はたまたまその週の週末に東京出張の機会があり、
ちょうど僕の出張期間中にLou Donaldson Quartetの東京でのライブが新宿「ピット
イン」であったため、余りの感激に「ピットイン」のライブにも出向く事にしました。
ところが「ピットイン」の店の近くまで辿り着くとすでに店の前から長蛇の列が出来
ており、神戸のライブとの余りのギャップに驚いてしまった事も今となれば懐かしい
思い出です。だけど僕にとっては、どういう訳か超満員の客の中で聴いた新宿「ピッ
トイン」でのLou Donaldson Quartetよりも、まばらな客のうちの1員として聴いた
神戸「チキンジョージ」のライブの方が今なお鮮烈な記憶として脳裏に刻み込まれて
いるのです。
 ではまた来月、皆様どうぞ春の到来を楽しみにしつつ頑張ってお過ごし下さい。
                         
 (2004年3月10日 記)