「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第22回 Doc Cheathamの小粋なVoice 

 僕の週末の楽しみの1つにレコード屋廻りという娯楽があります。よく“切手集めは趣味の王道”等といいますが、僕に言わせれば切手集めなんて収集した切手を眺めて楽しむだけであり、それに比べてレコード集めは収集したレコードのジャケットを眺めて楽しむのみならず、おまけに音を聴く事まで出来るのですから、これを趣味の王道と言わずして何を言わんかなといった感じです。という訳で、現在に至るまでの約30年にわたって僕は人生のかなりの部分のエネルギーをレコード集めに費やしてきました。その結果、現在約4000枚のレコードコレクションとなりましたが(何だか自慢たらしくて嫌味かな?)、それでも人生の欲望とは尽きないものであり、まだまだレコード集めは止められそうにありません。ところが、レコード集めを始めた頃はどのレコードを見ても知らないレコードばかりであり、果たしてこのミュージシャンはどんな人なのか?果たしてこのレコードからはどんなサウンドが飛び出してくるのか?とワクワクドキドキで、全くの手探り状態の未知の世界に興味は尽きなかったのですが、悲しいかな30年も経つと大概のレコードは知ってるレコードばっかりであり、時には折角レコード屋に赴いても欲しいレコードを見つける事ができずにすごすごと帰ってくるといった事態も最近ではしばしばです。しかし逆にそれだからこそ、長年探していてずっと見つからなかったレコードと遭遇したり、初めて見るレコードで何となくこれは良いぞ!という直感を感じ、家に持ち帰って一聴してその直感が確信となった時の喜びはなおさら格別と言わざるを得ません。
 そういった意味合いから、数ヶ月前にあるレコード屋で発見した“Dear Doc/Doc Cheatham”というレコードとの出会いは僕にとって今のところ今年最高の一期一会であったと実感しています。そのレコードを探し当てた時には、僕は恥ずかしながらDoc Cheathamという名前のトランペッタ−の事を全く知りませんでした。ただ、そのレコードが僕にひらめきを感じさせた理由としては、一つはサイドメンに先月の話題の主Kenny Drewが加わっていた点、そしてもう一つはそのレコードがフランスのOrange Blueというレーベルから出されたものであるという点でした。
 Orange Blueはフランスの女性歌手であるClementineの父親が1980年に創始したものの、ボーカルアルバムを中心に数枚の趣味の良いアルバムを製作しただけで活動を停止してしまったレーベルです。僕はそれ以前に、このレーベルのうちで“Songs of Love/Bob Dorough”および“Have You Met Barcelona?/Ben Sidran”という2枚のアルバムを購入し、いずれも趣味の良い男声ボーカルの内容および丁寧な作りのダブルジャケットと洒落たジャケットデザインに感服したという思い出がありました。そんな経緯で、僕は迷わずにそのレコードを購入するに至ったわけですが、帰宅してこのレコードをターンテーブルに乗せるや直ちに深い幸福感を感じる事となりました。優しい音色のトランペットに引き続いて多くの曲では彼の小粋な唄声をも楽しむ事ができ、それは元々男声ボーカル好きの僕を深く満足させるものでしたが、驚くべき事には彼は1905年の生まれであり、このレコードが吹き込まれた1988年には何と83歳もの高齢だったのでした。しかし、実際にはこんな事はまだまだ序の口であり、彼は91歳時の1996年には68歳(!)年下である23歳のNicholas Paytonとのツイントランペットアルバム“Doc Cheatham & Nicholas Payton”(Verve)というアルバムまで吹き込んでいます。Doc Cheathamは本来デキシーないしスイング系のトランペッターであり、ややもすればそのプレイは単調になり刺激に欠けるという傾向もなきにしもあらずですが、Kenny DrewやNicholas Paytonといったモダン系のミュージシャンと共演すると心無しかそのプレイもビシッとしまるように思われます。
 その後、Doc は残念ながら1997年に92歳でこの世を去ってしまいました。ところで、今年のスイングジャーナル誌の8月号をパラパラとめくっていたところ、驚いたことにOrange Blueレーベルの作品が揃ってCDで再発されるという記事が掲載されていました。但し、どういう経緯かそのジャケットはオリジナルとは異なったイラストジャケットに改悪(ご免なさい!)されていましたが、何と1枚税込み1575円という安価で販売されています。皆様も試しにこのレーベルのCDを購入されましたら、きっと御満足頂けるのではないかと思います。
 ではまた来月、9月も半ば近くだというのに真夏を思わせる暑さの日々が続きますが、皆様どうぞ体調管理に気をつけて下さい。

p.s. 阪神タイガースファンの皆様、阪神の優勝が決まっても大騒ぎをせずしみじみと喜びを味わいましょうね。
                              (2003年9月10日 記)