「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第18回 僕の大好きなJohn Pizzarelli 今からもう20年近く前になるでしょうか?神戸三ノ宮の中山手通りにある「にしむ ら珈琲」の角からハンター坂を少し北上した左手に「ドクタージャズ」という名前の 小さなお店がありました。ピアニストとバンジョー奏者との2人のミュージシャンが 共同で経営されており、普段はお2人の演奏を聴かせてくれるのですが、時には2人 で伴奏を務めて客にも唄を歌わせてくれるというスタイルのお店でした。ある夜、た またま僕が訪れた時に、その場に居合わせた1人のロマンスグレーの中年の紳士が “On a slow boat to China”を唄いだされたのですが、その余りに小粋な唄声や振 る舞いを見聞きするや、僕はその紳士にすっかり魅了されてしまいました。そして、 それまでは中年の男性の歌声といえば、スナック等で調子はずれの演歌をがなリたて るように歌うおっさん達に対して、“もういい加減に勘弁してよ”という印象を抱い た事しかなかった僕としては、“ああ、こういうのこそが本当の大人の遊びなんだな” と強く実感するに至り、心酔してしまいました。そのような原体験によってか、その 頃から僕は男性ボーカル、それも声量があって朗々と歌い上げるタイプよりもむしろ 四畳半的というか、例えるとMatt DennisやBobby Troupのような、決して声量はない もののいわゆる“小粋”というべきタイプのボーカルを好むようになってきました。 という訳で、今月は現在活躍中の男性ジャズボーカリストの中で僕が最も大好き なJohn Pizzarelliのライブレポートをお届けします。4月19日土曜日の夜、僕はこ の度「ブルーノート」に初出演となったJohn Pizzarelliトリオ、すなわちギターと ボーカルのJohn Pizzarelli、ピアノのRay Kennedy、ベースのMartin Pizzarelliに よる演奏を聴くために、心を弾ませながら大阪「ブルーノート」へと出掛けました。 ところが「ブルーノート」の店の前に到着すると、まだ開場前だというのに既に長蛇 の列。Pizzarelliってこんなに人気があるのかと、すっかり驚いてしまいました。だ けどライブが始まると、CDで聴き慣れたいつも通りのPizzarelliの甘い唄声に接して、 ほっと一安心。そして今回僕にとって新発見だった事は、彼の唄の魅力もさる事なが ら、Pizzarelliのギタリストとしてのテクニックの高度さでした。独特の7弦ギター を駆使しての、Ray Kennedyの達者なピアノとのコラボレイションは筆舌に尽くし難 い程素晴らしいものでした。それもそのはず、彼等のトリオは今年で結成丸10周年を 迎えるとの事で、3人の呼吸がピッタリなのも当然といったところでしょう。という 訳で、戦争を仕掛けたりして狂気としか思えないような現在のアメリカとは全く別の 存在であるお洒落で小粋な古き佳きアメリカ、それを自ら体現しているのがJohn Pizzarelliであるという事を心の底から実感した一夜となりました。 現在もなお活躍中の著名なギタリストBucky Pizzarelliを父として、John Pizzarelliは1960年に生まれました。従って、若い若いと思っていた彼も今年でも う43歳、既にデビュー以後20年以上のキャリアとなりつつあります。ちなみに、彼が リーダーアルバムを発表するようになって以降ずっと彼のファンだった僕は、John Pizzarelliの新しい作品が発売される度に、半ば当たり前のようにCDを購入していた のですが、このコラムを書くに際して手持ちの彼のCDの枚数を数えてみたところ何 と14枚も所有しており、John Pizzarelliはこんなに多くの作品を録音していたのか と自分自身でもいささか驚いてしまいました。 彼のアルバムの中で最も好セールスを記録したのは、ビートルズナンバーを扱った 「Meets The Beatles」(BMG)であると聞きましたが、僕個人的には古いナンバーを取 り上げたアルバムにより強い親近感を感じ、そういった意味からはNat King Coleの 愛奏曲を集めた2枚のアルバム「Dear Mr. Cole」(BMG)と「P.S. Mr. Cole」(BMG)お よび「Let There Be Love」(Telarc)などが大好きです。また、毎年クリスマスの季 節が近づくと彼のクリスマス曲集である「Let`s Share Christmas」(BMG)をたまらな く聴きたくなってしまいます。 もし、John Pizzarelliの魅力をまだ御存知ないという方がおられましたら早速CD ショップへ走って、試しに彼のCDを1枚購入してみて下さい。そうすれば貴方も小粋 でノスタルジックな Pizzarelli Worldにのめり込んでしまう事は間違いないでしょ う。決して損はさせませんよ。 ではまた来月、皆様どうぞ緑深きこの良き季節を有意義にお過ごし下さい。 (2003年5月10日 記)
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