「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第17回 ベースボールとジャズ

 趣味は何かと尋ねられたら、僕の場合、高校生の頃から30年間一貫してジャズ鑑賞とプロ野球観戦という答えに変わりはありません。その間、スキーやテニスに打ち込んだ一時期もあったのですが、基本的には僕は野球を見てジャズを聴きながらこれまでの人生の大半を生きてきたように思います。
 プロ野球ファンにとって、冬は寂しい季節です。近年はドラフト会議もめっきりつまらなくなってしまったため、日本シリーズが終わると何だか急に心が物悲しくなってしまいます。その代わり、2月のキャンプインになると、穴から出て来たモグラのように少しずつ元気が湧いて来て、3月のオープン戦を経て4月の開幕を迎えると、桜の満開と共に気分も高揚してウキウキしてきます。
 僕は西宮で生まれ育ちましたので基本的には阪神タイガースのファンなのですが、根っからのマイナーなものに惹かれるという性格のため、昔からどちらかというと阪急ブレーブス贔屓であり、現在のオリックスブルーウェーブファンに至っています。また、現在の僕の勤務地がある三田市から車で約20分くらいの距離のところに、北神戸あじさいスタジアムというオリックスの二軍のホームグラウンドがあり、最近はしばしば二軍戦を見に行ったりもしています。二軍戦では、主に20歳前後のこれから一軍を目指そうかという若い選手達が主体なのですが、そんな中に混じってかつては栄光を極めたものの怪我等の理由で二軍落ちし、首があやうい状態の30歳代半ばの選手が一緒に試合に臨んだりもしています。以前から僕は、どうしてプロ野球はこんなにも僕達の心を魅了するのだろうかという事に関してずっと考えていたのですが、二軍戦を観るようになって一つの回答が見えてきたようにも思います。すなわち、プロ野球とは我々の人生の縮図であり、プロ野球選手は30歳代半ばの若さにしていわゆる一般サラリーマンの窓際族の立場に立たされてしまう場合がある訳です。その結果、こういった選手達への共感が多くのファンの心を動かし、プロ野球が沢山の人々の支持を得ているのではないかと感じるのです。
 ベースボールをテーマに扱ったジャズアルバムも幾つか存在しています。ジャケットに関しては、以前にも述べたGreat Jazz TrioのLive at Village Vanguardの3枚やメンバー達がNYヤンキースのユニフォームを着てバットを構えたジャケットのEric Alexanderのアルファ盤「Heavy Hitters」などもありますが、最も印象的なのは先月の話題の主でもあったScott Hamiltonの2枚のコンコード盤「No Bass Hit」(CJ-97)、「Major League」(CJ-305)ではないかと思います。先月にコンコードレーベルのジャケットは優劣の差が激しいと論じましたが、この2枚も最も出来の良いジャケットの部類に属するように思われます。
 一方、ベースボールを扱った名曲として“Take Me Out to the Ball Game”という曲があり、アメリカの各球場では7回裏のホームチームの攻撃が始まる前に、ストレッチングをしながらこの曲を歌うという習慣があるようです。僕も、好きが高じて昨年の夏休みにマリナーズの応援にシアトルまで出向いたのですが、彼等の本拠地であるセーフィコフィールドでも実際に観客たちはストレッチングをしつつ、この曲を大合唱していました。“Take me out to the ball game, Take me out with the crowd. Buy me some peanuts and Cracker Jack. I don`t care if I never get back. Let me root, root, root for the home team, if they don`t win, it`s a shame. For it`t one, two, three strikes, you`re out at the old ball game. :私を野球に連れていって。大観衆のいる球場に連れていって。ピーナッツやクラッカージャックを買ってくれたら、家に帰れなくてもかまわない。さあ、地元のチームを応援しよう。負けたら悔しいから。ワン、ツー、スリーストライクでアウト。昔ながらの野球で。”という魅力的な歌詞のついたこの曲を、僕の知る限りではTardo Hammerというピアニストが「Somethin` Special」というアルバム中で演奏しています。ピアノトリオによる演奏で素晴らしいアレンジによってすっかりジャズ曲化していますが、このCDは本コラムの第2回でも述べた僕のお気に入りであるSharp Nineというレーベルから発売されています。このアルバムは、同レーベルにおけるTardo Hammerの2枚目のアルバムですが、他の曲でも彼のピアノはハードバップスタイルでの素晴らしい演奏を展開しています。
 最近、“世界の警察”との大義名分の下、自国の利益ばかりを追求し、挙げ句の果てには戦争まで仕掛けてしまうブッシュ大統領の政策等を見聞きするにつけ、僕はアメリカという国が嫌いになりそうです。だけど、もしアメリカの2大発明であるベースボールとジャズがこの世の中に存在しなかったら僕の人生はどれほど味気ないものになっただろうかと考えると、やっぱり僕はアメリカが大好きという気分になってしまいます。
 ではまた来月、プロ野球が始まると僕はジャズを聴いたりピアノの練習をしたりする時間が減ってしまうのですが、皆様はどうぞこの良い季節を思う存分エンジョイして下さい。
                             (2003年4月10日 記)