「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第15回 横浜ジャズ事情

 昨年末に、2泊3日で横浜へ出張に行って来ました。横浜にはこれまでにも何度か
行っているのですが、僕の場合仕事の関係上、観光客で賑わう中華街や「山下公園」
「港の見える丘公園」といったデートスポット辺りには全く縁はなく、もっぱら桜木
町〜関内辺りが行動範囲となります。だけど此の辺りには3軒のジャズ喫茶と3軒の
ジャズライブハウスがあるため僕のお気に入りの地域であり、僕は横浜出張がとても
楽しみなのです。
 まず、華やかな「みなとみらい横浜」からJR桜木町の駅を挟んで反対側に野毛とい
う街があります。此の地帯は「みなとみらい横浜」とは全く雰囲気を異にした古びた
町並みで、小料理屋やスナック・風俗店等が並び、まさしくディープ横浜といった趣
きです。そして、この野毛地域には「ちぐさ」「ダウンビート」という伝統ある2軒
のジャズ喫茶が存在しています。「ちぐさ」は1933年(昭和8年)の開店で、日本最古
のジャズ喫茶です。店内に足を踏み入れると店は狭くささやかな佇まいですが、かつ
てここで多くのモボ・モガが“珈琲”を飲みながら“立体音響”で“西洋音楽”を楽
しむという当時の最高にハイカラな遊びを楽しんだ夢の跡かと思うと感無量になって
しまいます。また、1950年代には若かりし秋吉敏子や渡辺貞夫などがちょうど進駐軍
の兵士として来日していたHampton Hawesと一緒にジャムセッションを重ねたという
伝説もあります。もう1軒の「ダウンビート」は1956年(昭和31年)の開店であり、古
き良き時代のジャズ喫茶の面影を丸々残している店です。この店は現在夜はアルコー
ル主体でのスタイルで夜11時半まで営業しているため(勿論コーヒーのみでも可です
が)、ライブハウスの帰りに立ち寄る事も可能です。そして、野毛から関内方向へ向
かって歩いていくと、吉田町という落ち着いた町並みに出て来ますが、この中に「ビ
ター・スイート」という店があります。この店は2000年の開店という事で、「ちぐさ」
や「ダウンビート」と比べると随分新興のジャズ喫茶なのですが、カウンターの後ろ
には5000枚にも及ぶアナログレコードが並び、床はシックなフローリング仕様となっ
ており(と言うと何か「Voice」と似てるみたいだなあ。だけど、「Voice」とは異なっ
て窓はなく、店内はもっと薄暗いです。)、とても落ち着いた雰囲気です。
 そして、関内周辺のJRの線路の海側には「エアジン」・「Bar Bar Bar」・「Jazz
Is」という3軒のジャズライブハウスがあります。「エアジン」も長い歴史を持った
店であり、天井には色褪せた古いライブのポスターが、扉には昔のジャズ喫茶のマッ
チが無造作に貼られており、アナーキーな雰囲気を漂わせています。一方、「Bar
Bar Bar」は食事も楽しめるライブレストランといったスタイルの如何にも横浜的な
お洒落な店であり、神戸で例えると「ソネ」的な雰囲気のお店です(だけど「ソネ」
よりは客達は真剣に音楽を聴いている)。「Jazz Is」は比較的最近開店したライブ
ハウスですが、店内はシンプルで小ざっぱりした雰囲気であり、真剣にミュージシャ
ンと向き合って音楽を聴く事が可能です。本コラムの第4回で、関西のジャズミュー
ジシャンのレベルも凄いぞといった内容の事を書きましたし、実際にそれは僕の本音
なのですが、やはり東京へ来て有名ジャズミュージシャンのライブに行くと、東京の
人達が羨ましくなる場合もあります。そういった意味合いで言うと横浜は完全に東京
圏であり、なおかつ此の辺りは半径500メートルくらいの範囲内に3軒ものライブハ
ウスが存在している訳ですから、むしろ東京よりもさらに密にジャズライブを楽しめ
る環境が整っているという事になります。前回に僕が横浜に行った際には、何れかの
店でジャズライブを楽しもうとスケジュールを調べてみたところ、当日「エアジン」
で板橋文夫トリオ、「Bar Bar Bar」で植松孝夫カルテット、「Jazz Is」が峰厚介ト
リオといずれ劣らぬ有名ミュージシャンのライブが行われており、どの店へ行こうか
と悩み抜いた思い出もあります。
 このように、デート相手もいない一人旅であっても、横浜はジャズファンにとって
とても魅力的な街ですので、皆様も機会があれば是非とも横浜でジャズをお楽しみ下
さい。
 ではまた来月、皆様どうぞ寒さに負けずにお過ごし下さい。
                             (2003年2月10日 
記)
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