「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第13回 Jimmy Scottの奇跡の歌声

 今月も先月に引き続いて、ライブレポート第2弾です。11月9日めっきり冷え込ん
だ土曜日の夜、僕は「Voice」のマスターから頂いたチケットを手にして、大阪厚生
年金会館へJimmy Scottのコンサートを聴きに出向きました。会場は決して満員とい
う訳ではありませんでしたが、観客たちの大きな拍手を浴びながら舞台に現われ
たJimmy Scottは、両足を引きずるような歩き方で登場し、また深い皺が刻まれた顔
貌を見ると77歳という年令がいやが上にも思いやられ、一抹の不安を感じさせる幕開
けでした。しかし、彼が最初の一声を発するや否やそのような不安はたちどころに消
え去ってしまいました。そして、それ以降アンコールが終了するまでの2時間余りの
間、僕はずっと“Jimmy Scott World”に魅了され続けてしまいました。
 資料によりますと、“Little” Jimmy Scottは1925年7月17日米国オハイオ州の生
まれ。1940年代半ばから黒人の曲芸師芸人一座の歌手として活動を開始しましたが、
彼の声はカルマン症候群という稀な病気のために声変わりをせず、一聴すると女性ボー
カルかと惑うような独特の高い声を保ち、人気を博したという事です。1950年代には
いくつかのヒット曲も生まれましたが、所属レコード会社のトラブル等にも巻き込ま
れ、1960年代後半には音楽シーンからひっそりと姿を消してしまいました。その後、
故郷のクリープランドに戻り、日雇い仕事やホテルの荷物係等に従事していたのです
が、1991年に復活を図り新たな録音を開始しました。しかし、日本で彼の人気が爆発
的にブレイクしたのは2000年の出来事であり、NHKで彼のドキュメンタリー番組が放
映された事を契機にして突然注目を浴びるようになり、そしてそれは一種の社会現象
とも言うべき様相すら呈する事態となりました。その結果、彼は2000年以降のわずか
3年の間に今回を含めて4回もの来日公演を行っていますし、2000年以降次々と多数
の新しいCDを吹き込んでいます。
 このように、近年彼のCDは多数発売されているため、CDショップに行ってもどのCD
を買えば良いのかという点に関しては大いに悩むところです。ちなみに、僕のお薦め
をいくつか紹介しますと、John LennonやElton Johnのナンバーをカヴァーした
「Holding Back The Years」(Onoff:1998年録音)、Cyrus ChestnutやHank Crawford
を擁した「Mood Indigo」(Milestone:2000年録音)、Wynton Marsalis・Eric
Alexander・Freddy Cole等といった超豪華なメンバーが加わった「But Beautiful」
(Milestone:2001年録音)、2001年秋の東京“B♭”でのライブを録音したインティミッ
トな雰囲気の「Unchained Melody(徳間ジャパン)などはいずれも素晴らしく、心に
染みいるアルバムであるように思います。
 ライブを聴きながら、僕はどうして彼の歌が突然多くの日本人の支持を得て、感銘
を与えるようになったんだろうかという事について考えていました。もちろん、彼の
中性的なヴォイスが新鮮で物珍しいという点も、彼の人気を高めた一因になっている
事でしょう。だけど、彼の歌声が人々の心を打つ最大の要因は、彼自身がこうして多
くの聴衆の前で歌える事を心の底から深い喜びと感じている事にあるのではないかと
実感しました。前述のように、彼のこれまでの人生は不遇を囲い、恐らくは人前で歌
いたくとも歌えないような状況が長く続いた事でしょう。それだけに、人生の終焉が
近付いた時期になって突然得た栄光や沢山の人々が自分の歌声を聴きに来てくれる事
に対する彼自身の喜びが客席の僕達までひしひしと伝わり、しみじみとした感動を与
えてくれるのだと確信しました。そして、この気持ちは少し前に「ブエナビスタソー
シャルクラブ」というキューバのお年寄り達によるラテンバンドの東京公演をビデオ
で見た際に感じた印象と共通したものでした。「ブエナビスタソーシャルクラブ」の
メンバー達もそれぞれがラテン音楽の達人でありながら、Jimmy Scottと同様に高齢
になるまで正当な評価が得られなかったのですが、彼等を取り上げた映画を契機にし
て一躍人気者の座を獲たという経緯があります。とりわけこのビデオの中で、Ruben
Gonzalezというピアニストは高齢のために歩く事すらおぼつかなく、手を引かれてよ
うやくピアノの前まで辿り着くような有り様でした。しかし、一旦ピアノの椅子に座
るや否やまるで別人の如くシャキッとなり、とてもリズミカルなピアノを弾きだした
ため僕は大変驚いてしまったのですが、このシーンを見ていた際にも、彼の突然の変
貌からは、Jimmy Scottの場合と同じくミュージシャンとして多くの聴衆の前で演奏
出来る事に対する彼自身の深い喜びを感じざるを得ませんでした。このように、演奏
家達の音楽に対する愛情の念を体感すると、聴く側としてもとてもハッピーな気分に
なり、音楽が好きで本当に良かったと心の底から感じてしまいます。
 ではまた来月、今年もあと残りわずかですが、皆様どうぞ寒さに負けずにお過ごし
下さい。
                             (2002年12月10日 
記)